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小川 浩史

(おがわ ひろし/准教授/環境学研究系)

自然環境学専攻/海洋環境学協力講座

略歴

1992年3月 東京農工大学大学院連合農学研究科環境保護学専攻博士課程修了(農学博士)、1992年10月 科学技術庁科学技術特別研究員(通産省工業技術院資源環境技術総合研究所環境影響予測部海洋環境予測研究室)、1993年7月 東京大学海洋研究所海洋生化学部門助手、1997年2月 文部省在外研究員(ワシントン大学海洋学部、テキサス大学オウスティン校海洋科学研究所)、2001年6月 東京大学海洋研究所海洋化学部門生元素動態分野助教授(現職)、2002年4月 東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻自然環境コース研究協力分野教官

教育活動

大学院:海洋環境総合実習、海洋環境学演習、自然環境学演習、自然環境学研究
農学生命科学研究科:生物海洋学総論

研究活動

海洋を主とした天然水中の溶存有機物(DOM)の化学的特徴、及びその動態に関わる生物学的、非生物学的プロセスの解明に取り組む。特に海洋のDOMは、大気中の二酸化炭素ガスに匹敵する巨大な炭素のリザーバーを形成し、地球表層圏の物質循環の中で重要な役割を担っていると考えられており、地球温暖化のメカニズムを解明する上でも重要なキーの一つとして広く認識されている。しかしその一方で、従来からの知見が非常に限られている物質であり、1990年代に入りようやく本格的な研究が始められたばかりである(文献1)。
海水中に存在するDOMは、共存する多量の無機塩類と比べて圧倒的にその存在量が少なく、その化学組成が過去長い間未解明のままであった。この点を踏まえ、化学的な特徴を明らかにするための方法論の確立を最優先課題と位置づけ、炭素量(溶存有機炭素:DOC)の高精度測定、サイズ分布の測定(文献2)、生体構成有機化合物の主成分であるアミノ酸・糖類の高感度測定、炭素・窒素濃度の高感度同時測定(文献3)、サイズ毎のアミノ酸・糖の組成、C/N比の測定などの方法について検討・確立を行ってきた。
確立された高温燃焼法によるDOCの高精度測定方法を用いて、これまで主に東京大学海洋研究所の研究船、白鳳丸、淡青丸による航海により、西部北太平洋の亜寒帯域~熱帯域、ベーリング海、アラスカ湾、南太平洋、南大洋、東シナ海、また東京湾など内湾域も含めた様々な海域においてDOC濃度の分布を調べ、その結果DOC濃度の時空間変動について多くの知見が得られてきている(文献3、4)。さらに、独自に開発した溶存有機炭素・窒素の高感度同時測定システムは、海洋における溶存有機窒素(DON)の分布をDOCと同時に測定することを可能とし、C/N比の変動を基に海洋のDOMの動態についてより詳細な情報が得られている(文献3)。
一方、DOMの化学的特徴の一つとして限外ろ過法によるDOMのサイズ分画の検討を行ってきた。これにより、海洋におけるDOMの主要形態は(60- 80%)分子量1,000以下の低分子であることが明らかとなり(文献1、2)、現在このような低分子DOMの化学組成と動態の解明が今後の重要な課題の一つとして注目されている(文献1)。
海洋中のDOMの大きな特徴として、生物学的に難分解で且つ化学組成的に分子レベルで同定できないことが知られているが、これまでそのメカニズムについては全くわかっていなかった。この問題に対し、最近の研究により、海洋細菌がグルコースなど分解し易い有機物を使って増殖する過程で、その一部を難分解で化学組成的に未知なDOMに変換、放出し、海水中に蓄積させることを実験的に明らかにした(文献5)。これらの結果は、海洋における難分解DOMの生成が、海洋の生物過程と直接リンクしていることを示唆しており、海洋における新たな炭素の固定メカニズムとして今後の研究の進展に期待が寄せられている。

文献

1) Ogawa H. & E. Tanoue, J. Oceanogr., 59, 129-147, 2003.
2) Ogawa H. & N. Ogura, Nature, 356, 696-698, 1992.
3) Ogawa H. et al., Deep-Sea Res. I, 46, 1809-1826, 1999.
4) Ogawa H. et al., Deep-Sea Res. II, 50, 353-366, 2003.
5) Ogawa H. et al., Science, 292, 917-920, 2001.

その他

所属学会:日本海洋学会、沿岸海洋研究部会、日本分析化学会
各種委員会:日本海洋学会海洋環境問題委員会幹事、日本海洋学会沿岸海洋部会委員、「沿岸海洋研究」編集委員、(社)産業環境管理協会水質調査法に関する調査研究委員会委員

将来計画

1990年代、海洋におけるDOMの研究は大きく進歩し、それによって、従来考えられてきた海洋の物質循環像も大きく変わろうとしている。同時に、現在の我々の知見だけでは到底説明できない新たな問題も次々に生じており、今後もDOMを中心とした有機物動態の謎解きを通じて、海洋における物質循環の解明に迫ることを基本に、教育研究を進めていく方針である。具体的な計画の一例として、海洋全体でおよそ500ギガトンにも及ぶ巨大な炭素のプールを形成している低分子態DOMの動態に着目し、その化学的な特徴、生成メカニズム、生物学的に難分解であるメカニズムの解明を進めていくことを計画している。また、海洋の生物活動にとって重要と考えられている、光環境や微量金属元素の動態が、海洋におけるDOMとの相互作用に大きく依存していることが近年明らかになりつつあり、そのような間接的なしくみを通じて、DOMが海洋の生物地球化学的循環に果たす役割についても今後着目していく予定である。

教員からのメッセージ

一般に優等生は、ある目的に向かって仕事を進める際に、その目的に合致した成果にのみ着目しがちですが、その過程で、目的とは何ら関係ないが、非常に重要な副産物が生まれていることが少なくありません。それを見落とさない訓練も大切です。