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Development of the World's First ISS-Deployed CubeSat Equipped with a Water Micro-Propulsion System

Release:Jun 14, 2019 Update:Jan 4, 2023
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水を推進剤とした超小型衛星用エンジン及び実証衛星の開発に成功

~ 世界初「国際宇宙ステーションからの水推進エンジンを搭載した

超小型衛星の宇宙への放出」の実現へ ~

 

発表者

小泉 宏之(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻/工学系研究科航空宇宙工学専攻(兼担) 准教授)

浅川  純(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻 特任助教)

 

発表のポイント

◆水を推進剤とした超小型衛星用エンジン及び実証衛星の開発に成功し、打上げへのめどが立った。

◆本研究成果により、世界初の「国際宇宙ステーションからの水推進エンジンを搭載した超小型衛星の宇宙への放出」が実現される。

◆本手法により、さまざまな分野における超小型衛星実利用の更なる発展が期待される。

 

発表概要

 東京大学大学院新領域創成科学研究科の小泉宏之准教授・浅川純特任助教らは、国立研究開発法人 科学技術振興機構(以下、JST)の研究成果展開事業 大学発新産業創出プログラム(注1、以下START)の枠組みの中で、事業プロモーターである株式会社東京大学エッジキャピタル(UTEC)の協力のもと、将来的な宇宙空間での輸送インフラに貢献する、水を推進剤とした超小型衛星用エンジン(写真1)及びその実証衛星(写真2)の開発に成功しました。これにより世界初の「国際宇宙ステーションからの水推進エンジンを搭載した超小型衛星の宇宙への放出」の実現に向けた準備が整いました。

近年、世界各国により衛星の実利用が進み、超小型衛星用エンジンに対する需要が急速に高まっています。しかし、従来の超小型衛星用エンジンは高圧ガスや有毒燃料を用いているため、1-10 kg程度の超小型衛星に向けた小型化や低コスト化が難しい状況にありました。打ち上げ機会が定期的にある利用機会として有望視されてきた国際宇宙ステーションからの超小型衛星放出においても、安全性の観点から国際宇宙ステーションへの持込みが困難であるという課題を抱えていました。

 今回、常温常圧で液体貯蔵可能であり、安全無毒で取扱い性の良い水を推進剤とした超小型衛星用エンジン及びその実証衛星の開発に成功し、国際宇宙ステーションからの放出に向けた打ち上げ準備が完了しました。本研究により、世界初の「国際宇宙ステーションからの水推進エンジンを搭載した超小型衛星の宇宙への放出」が実現されます。国際宇宙ステーションから放出される超小型衛星へのエンジン搭載が実用化されれば、超小型衛星の長寿命化が実現され、通信や放送、測位、地球観測、農林水産業、エンターテイメント等さまざまな分野において、超小型衛星の実利用が発展することが期待されます。

 

発表内容

・超小型衛星の現状と課題

近年、1-10 kg 程度の超小型衛星の利用が爆発的に増加しています。超小型衛星の打ち上げ需要に応える有力な手段の一つとして、国際宇宙ステーションからの超小型衛星の放出が挙げられます。2012年の運用開始以来、200機を超える超小型衛星の放出が行われてきました。2018年には、これまで国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)が行っていた国際宇宙ステーションからの超小型衛星放出業務の一部を民間企業が実施することになりました。今後、国際宇宙ステーションからの超小型衛星は更なる市場拡大をもたらすことが想定されます。

国際宇宙ステーションからの超小型衛星放出は、打ち上げ頻度が定期的にあり、かつ低価格というメリットを持つ一方で、地球の空気抵抗の影響を受けやすいため超小型衛星の寿命が短くなるというデメリットがありました。超小型衛星の寿命を延ばすためには、空気抵抗の影響に対して軌道や向きを修正する為のエンジンが必要になります。しかし、従来のエンジンはサイズや重量、また推進剤に有毒物質や高圧ガス等が用いられるなど、コストや宇宙飛行士に対する危険性の観点から、国際宇宙ステーションから放出される超小型衛星への搭載は行われてきませんでした。

 

・課題を解決する水を推進剤とした超小型衛星用エンジンの実現

本研究グループは、JSTのSTART事業のもと、安全無毒な水を推進剤として用いた超小型衛星用のエンジン、及びその実証衛星の開発に成功しました。10cm四方と非常に小さい本エンジンは、水を内部の真空空間で蒸発させ、発生した水蒸気を高速で排出することで推進力を生み出します。開発した実証衛星は、宇宙飛行士の補給物資と共に、宇宙ステーション補給機「こうのとり」8号機(HTV8)に格納され、2019年度中をめどにH-IIBロケットによって種子島宇宙センターから打ち上げを予定しています。国際宇宙ステーションに到着後は、宇宙飛行士らの手によって「こうのとり」から取り出され、日本実験棟「きぼう」から宇宙空間に放出され、本エンジンの宇宙実証実験を行う予定です。これにより、世界初の「国際宇宙ステーションからの水推進エンジンを搭載した超小型衛星の宇宙への放出」が実現されます。

 

・水を推進剤としたエンジンの開発に至るまで

本研究グループは、これまでに高圧ガスであるキセノンを推進剤として用いたエンジン(その仕組みから「イオンエンジン(注2)」と呼びます)の研究開発を進めてきました。2014年には世界で初めて50 kg級衛星用イオンエンジンの宇宙作動実証に成功し、2015年には世界で初めて50 kg級深宇宙探査機用イオンエンジンの深宇宙作動に成功し、50 kg級衛星用のエンジン研究において世界をリードしてきました。しかし、ここ数年の間に、1 ? 10 kg級というさらに小さな超小型衛星の利用が研究とビジネスの両方において爆発的に成長してきました。また、国際宇宙ステーションを中心とした地球低軌道における宇宙ビジネスも活発さを増してきています。キセノンを推進剤として用いたイオンエンジンでは、1 ? 10 kg級の超小型衛星に搭載可能なレベルまで小型化できず、また宇宙飛行士への危険性から国際宇宙ステーション内へ持込むことが困難です。

こうした背景の中、研究とビジネスの両側面で爆発的な成長を見せる超小型衛星分野を世界的にリードしていくために、従来とは一線を画す革新的な、水を推進剤としたエンジンの研究開発に着手し、今回の開発成功に至りました。

 

・水を推進剤としたエンジンの可能性と目指すところ

水を推進剤としたエンジンにより、国際宇宙ステーションから放出される超小型衛星の寿命を延ばすことができます。これにより、これまでの短期的な宇宙実験だけでなく、画像サービスや通信サービス、エンターテイメント等といった、宇宙産業を更に拡大させる持続的な宇宙利用が実現可能となります。さらに、開発したエンジンは、超小型衛星だけでなく大きな衛星にも応用することが可能であり、宇宙ゴミの除去や月探査、火星探査、小惑星探査等にも用いることができます。水は宇宙資源としても注目を集めており、昨今では、アメリカ航空宇宙局(NASA)やJAXAといった研究機関だけでなく民間企業も、地球以外の惑星の水資源の探査のための研究開発を行っています。宇宙空間での重要な資源かつ安全な水を用いることで、国際宇宙ステーションのような宇宙居住施設との共存も可能にしたエンジンは、将来的に宇宙空間における輸送インフラの根幹技術となることが期待されます。持続的な宇宙開発及び宇宙利用を実現するため、今後、水を推進剤としたエンジンの事業化を目指します。

 

 本研究はAQT-Dプロジェクトチーム(注3)により遂行されました。実証衛星の製造及び試験の一部は、福井県及び福井県内企業の協力のもと行われました。実証衛星の放出は、Space BD株式会社の打ち上げ支援サービスの提供を受け実現されます。

 

 

発表国際会議

学会名:「32nd International Symposium on Space Technology and Science」

2019/06/20 09:40 - 10:00

論文タイトル:AQT-D: CubeSat Demonstration of a Water Propulsion System Deployed from ISS

著者: Asakawa, J., Yaginuma, K., Nakagawa, Y., Tsuruda, Y., Koizumi, H., Kakihara, K., Yanagida, K., Murata, Y., Ikura, M., Matsushita, S., Aoyanagi, Y., Matsumoto, T., Obata, T., and AQT-D project team

 

学会名:「33rd Annual AIAA/USU Conference on Small Satellites」2019/08/04 09:00 - 09:15

論文タイトル:AQT-D: Demonstration of the Water Resistojet Propulsion System by the ISS-Deployed CubeSat

著者: Asakawa, J., Yaginuma, K., Nakagawa, Y., Tsuruda, Y., Koizumi, H., Kakihara, K., Yanagida, K., Aoyanagi, Y., Matsumoto, T., Ikura, M., Matsushita, S., Murata, Y.

 

用語解説

(注1)国立研究開発法人科学技術振興機構 研究成果展開事業 大学発新産業創出プログラム(START):

JSTによる、大学等発ベンチャーの創出を目的とした研究開発プログラム。事業化ノウハウを持った人材を活用し、大学等発ベンチャーの起業前段階から公的資金と民間の事業化ノウハウ等を組み合わせることにより、リスクは高いがポテンシャルの高い技術シーズに関して、事業戦略・知財戦略を構築しつつ、市場や出口を見据えて事業化を目指すものである。

 

(注2)イオンエンジン:

衛星用エンジンの一種。キセノン等の推進剤をプラズマ化し、出口部に高電圧を印加することでイオンを高速排出させ、その反作用により推力を生成する。

 

(注3)AQT-Dプロジェクトチーム:

実証衛星の研究開発チーム。東京大学大学院 新領域創成科学研究科や工学系研究科、情報理工学系研究科の教職員や学生から構成される。AQT-Dは実証衛星の名称であり、「AQUA Thruster - Demonstrator」に由来する。

 

添付資料

写真1:水を推進剤とした超小型衛星用エンジン

 

写真2:水推進エンジンを搭載した実証衛星。太陽電池セル保護シートを貼り付けた状態。