メダカゲノムの解読:
日本生まれの実験動物から脊椎動物進化の道筋が見えてきた
別紙参考

研究の背景:

  メダカはダツ目に属し、遺伝的にはサンマ、トビウオ、サヨリの仲間と近い関係にあり、海棲の魚が淡水に適応したと考えられています。このメダカは稲作と密接に関連しています。童謡「めだかの学校」で唄ったように日本各地の水田や小川でみかけることができますが、学名のOryzias が稲の学名であるOryza と同じであるのはこのことに由来しています。江戸時代からペット化が進み、江戸時代の図鑑に野生型メダカや体色突然変異体のヒメダカ、シロメダカなどが記載されているほど親しまれてきました。このように日本人に親しまれてきたメダカですが、近代化工業化とともに姿を見ることが少なくなりました。 1999 年当時の環境庁がメダカを絶滅危惧種に指定したことから社会的に注目が集まりま した。

 実験動物としてのメダカの歴史は古く、日本人の研究者による多くの優れた研究があります。特に性決定遺伝子が哺乳類以外の脊椎動物において最初に見つけられたことは特筆すべきことです。また、長年の努力により多数の近交系が作られてきたことも特色です。最近では、ヒトを含めた脊椎動物の普遍的な発生の仕組みや遺伝病の研究を目的に、多くの突然変異体が単離されています。日本発の実験動物であるメダカは、欧米で開発され世界中で用いられているゼブラフィッシュを相補う特性を持つことから、それに勝るとも劣らない優れた実験動物として注目を集めています。実験動物としてより一層の発展のためにはそのゲノムの解読は不可欠です。このことから、研究者コミュニティの意見も受け、メダカゲノムプロジェクトを立案し、2002 年(平成14 年)に開始しました。

 プロジェクト開始当初、脊椎動物のゲノムを丸ごと高精度に解読した例は国内では皆無、世界的にも稀でした。したがって、多くのことを一から始めなければなりませんでしたが、これを可能にしたのが文部科学省科学研究費特定領域研究という仕組みです。特定領域研究「ゲノム」(2000-2004 年度)では生物学、医学はもとより、コンピュータ科学、理工学、など広い範囲から研究者が集まり、共同研究を推進しました。バイオインフォマティックスの独自手法の開発も行い、また、ゲノム配列解析など集中的に引き受けるグループをつくり効率化を図りました。そうした異分野融合や基盤作りへの体制がメダカゲノム解読につながったのです。

 メダカゲノム配列自体は2005 年中頃には完成し、研究コミュニティへオンラインで公開してきましたので、世界中で盛んに活用されてきました。そして、魚類の中では完成度の極めて高いゲノムとなったことから、脊椎動物のゲノムが進化してきた過程を調べることが可能となり、さらに時間をかけて進化解析をおこないました。それらの成果を合わせて今回論文発表に至ったしだいです。

研究内容の詳細:

1 ) ゲノム解読と遺伝子予測
  メダカのゲノム解読は全ゲノムショットガン・アセンブリ方式( 用語説明参照)により行ないました。解読したゲノム配列の総塩基対数は約7 億で、これらの塩基対のうち89.7%については、メダカの24 本の染色体のどの場所から由来するかを確定することができました。過去にゲノムが解読された魚類のなかではミドリフグの染色体の約65%が解明されたのが最も高い率だったのに対して、メダカゲノムの89.7%はその完成度の高さを示しています。さらに遺伝子の先頭の配列を効率的に収集する手法を利用して、その後ろにある遺伝子本体の構造を予測するコンピュータ プログラムを開発し、 20,141 個の遺伝子を予測しました。うち約6 割はヒトに至るまで共通に見られ、8 割以上が類似しています。また2,900 の新しい遺伝子候補も見つかりました。今後、脊椎動物モデルとしてのメダカ遺伝子の機能研究の進展に大きく役立つと思われます。
  メダカの性染色体はヒトと同じXX-XY 方式ですが、メダカのY 染色体はX 染色体に250Kb 程度のY 特異的配列が飛び込んだ形と考えられています。性染色体の特徴としてこの付近で組み換え抑制という現象が知られていましたが、それに対応すると思われるXY 染色体間での配列の違いが今回開発したゲノムアッセンブラによって見つかりました。性染色体の進化の途上をつかまえた可能性があり、今後の研究が期待されます。

2 ) メダカゲノムの多様性
  メダカには性質が異なる様々な地域集団が存在します。今回は主として南日本由来系統のゲノム解読を行ったのですが、北日本由来系統とDNA 塩基配列を比較したところ、約1600 万個の違い(1 塩基多型(SNP))が見つかりました。これはDNA 塩基全体の3.4%をも占めており、今まで知られている脊椎動物種の中では最も高いものです。ヒトとチンパンジーの差異1.2%をはるかに超します。にもかかわらず、これら北と南日本由来のメダカは交配可能です。これら2つの地域集団の遺伝子配列変化を詳細に調べたところ、これら2つは400 万年にわたり生殖隔離が行われていたこと、 遺伝子によって配列変化の速度に違いがあることがわかりました。特に、ある生殖や性決定に関連する遺伝子群での変化(進化速度)が緩やかなことが明らかになったことから、このことが交配可能に関連していると考えられました。このように、メダカは個別の生物種として分かれる前段階の遺伝的変化を研究するための有用な材料と して今後期待されます。

3 ) 脊椎動物ゲノム進化の推定
  さらに他の脊椎動物ゲノムとメダカゲノムのどの部分がどれだけ類似しているかも広範囲に分析することも可能になり、脊椎動物ゲノムがどのように進化していたか、その道筋が見えてきました。
  1970 年、大野乾(すすむ)は著書「Evolution by Gene Duplication (遺伝子重複による進化)」の中で、脊椎動物ではゲノム全体が重複する現象が複数回起き、進化に有利に働いたという全ゲノム重複説を提唱しました。多くの生物学者に多大な影響を与えた説ですが、その信憑性は論争の的でした。幸い21 世紀に入り脊椎動物ゲノムの解読は進展し、大野の全ゲノム重複説は検証可能になってきました。2004 年、フランスおよび米国の研究チームはヒトとミドリフグのゲノム情報を詳細に解析し、真骨魚類の祖先で起った全ゲノム重複の痕跡を多数発見しました。このようにして全ゲノム重複に確証が得られましたが、全ゲノム重複がその後の進化にどのような影響をもたらしたかは謎でした。
  今回のメダカゲノム解読により、この謎の解明に向けた大きな前進がありました。ヒト、メダカ、ミドリフグ、ゼブラフィッシュのゲノムを計算機を用いて比較解析した結果、図1に示すように真骨魚類の祖先では染色体が13 本あり、全ゲノム重複により倍になった後に、約5000 万年の間で大規模な染色体の再編成が頻繁に起ったことがわかりました。一方、その後の変化は非常に緩やかで、ミドリフグでは3回ゲノムが融合していますが、メダカでは大きな変化がほとんど起こっていません。この推定の実際は非常に複雑ですが、分岐する前から存在した共通部分を探して、共通している部分は昔から存在し、違いがある部分は新しく獲得されたと考えて推測していきます。

図1 脊椎動物ゲノム進化の様子

4 ) バイオインフォマティックスの新手法の開発
  プロジェクト開始当時、我国のゲノム解読技術はソフトウエアの面で脆弱であり、欧米のソフトウエアに依存している状況でした。そこで、メダカゲノム解読を契機に、ゲノム解読および解析の中で基幹的なソフトウエアはゼロから構築することにも取組みました。その結果、ゲノムアセンブリ、転写開始点情報を使った遺伝子予測、ゲノムブラウザー、新規的繰り返し配列自動抽出、特異的PCR プライマ設計ツール等のソフトウエアを研究開発し、メダカゲノム解読に役立ちました。これらの技術はメダカゲノム解読以外の我国におけるゲノム解読プロジェクトへも応用されています。

5 ) 論文タイトル、著者等
The medaka draft genome and insights into vertebrate genome evolution

Masahiro Kasahara1*, Kiyoshi Naruse2*, Shin Sasaki1*, Yoichiro Nakatani1*, Wei Qu1, Budrul Ahsan1, Tomoyuki Yamada1, Yukinobu Nagayasu1, Koichiro Doi1, Yasuhiro Kasai1, Tomoko Jindo2, Daisuke Kobayashi2, Atsuko Shimada2, Atsushi Toyoda3, Yoko Kuroki3, Asao Fujiyama3,4, Takashi Sasaki5, Atsushi Shimizu5, Shuichi Asakawa5, Nobuyoshi Shimizu5, Shin-ichi Hashimoto6, Jun Yang6, Yongjun Lee6, Kouji Matsushima6, Sumio Sugano7, Mitsuru Sakaizumi8, Takanori Narita2,9, Kazuko Ohishi9, Shinobu Haga9, Fumiko Ohta9, Hisayo Nomoto9, Keiko Nogata9, Tomomi Morishita9, Tomoko Endo9, Tadasu Shin-I9, Hiroyuki Takeda2#, Shinichi Morishita1#, and Yuji Kohara9#

  1. Department of Computational Biology, Graduate School of Frontier Sciences, The University of Tokyo, Kashiwa 277-0882, Japan.
  2. Department of Biological Sciences, Graduate School of Science, The University of Tokyo, Tokyo 113-0033, Japan.
  3. RIKEN Genomic Sciences Center, Yokohama 230-0045, Japan.
  4. National Institute of Informatics, Tokyo 101-8430, Japan.
  5. Department of Molecular Biology, Keio University School of Medicine, Tokyo 160-8582, Japan.
  6. Department of Molecular Preventive Medicine, School of Medicine, The University of Tokyo, Tokyo 113-0033, Japan.
  7. Department of Medical Genome Sciences, Graduate School of Frontier Sciences, The University of Tokyo, Tokyo 108-8639, Japan.
  8. Department of Environmental Science, Faculty of Science, Niigata University, Niigata 950-2181, Japan.
  9. Center for Genetic Resource Information, National Institute of Genetics, Mishima 411-8540, Japan.

* These authors contributed equally to this work.
# Correspondence should be addressed to H.T. (), S.M. (), and Y.K. ().

今後の展開:

 我々ヒトが属する脊椎動物は魚類、両生類、鳥類、哺乳類が含まれます。一見姿、かたちが大きく違っていますが、一つの受精卵から大まかな体制(ボディプラン)を作るメカニズムは種を越えて共通であることが最近の研究でわかっています。つまり、小型魚類での研究はそのままヒトを含めた脊椎動物の普遍的な発生原理を知ることにつながります。メダカゲノムの解読は、メダカを用いた発生学・遺伝学の研究を飛躍的に発展させます。すでに発生異常や遺伝病を発症するメダカの突然変異体が300系統以上 も単離され、重要な変異体からその原因となる遺伝子や表現型の解析が主に日本とドイツの研究者により進められています。ゲノム情報を利用することにより突然変異体の原因遺伝子の特定がすすみ、注目する現象に裏に潜む遺伝子とその機能が次々に明らかになります。

 例えば、本プロジェクトの武田グループらが得たkintoun(筋斗雲)変異体は、腎臓が1,000 倍ほどの大きさに膨らみます(図2)。その組織学的な知見から、ヒトの多発性嚢胞腎症と同じ所見であることがわかりました。ヒトでは遺伝性の多発性嚢胞腎が800〜 1,000人に1人という高率で発症して大きな問題となっています。この原因遺伝子は、昆虫からヒトのほぼすべての動物が共通に持つ新しい遺伝子である事がわかりました。現在この遺伝子とヒトの病気との関連を調べています。

多発性嚢胞腎病のモデルメダカ

 脊椎動物以外の系統、たとえば脊索動物、昆虫等の様々な動物のゲノムが解読されつつあり、ゲノムがたどってきた進化の様子はこれから数年の間に大きな進展が期待されています。たとえば、脊椎動物におけて全ゲノム重複は真骨魚類の祖先以外にも起こったと予想されています。大野乾は脊索動物から脊椎動物が分かれた直後に2回の全ゲノム重複が起こったという説を唱えましたが、2005 年にヒトゲノムの全域にわたってその痕跡があったと米国のチームが報告しています。この説が正しいとして、2 回の全ゲノム重複のあと、どのようなゲノム進化が起こったかは、興味深い研究テーマです。

 一方、ゲノムを解読する装置の分野でも昨年より大きな技術革新がありました。単位時間の塩基解読量がそれ以前の技術と比べ2 〜 3 桁改善されるという画期的な進歩で、今後のゲノム解読スピードは飛躍すると考えられます。1 塩基多型(SNP)を同定し収集する速度も大幅に向上し、さらには遺伝子の転写量に影響をあたえる ゲノム構造の変化を詳細に分析することも可能になりつつあります。メダカゲノム解読を通じて培ったゲノム解析用ソフトウエア技術が活かされるでしょう。

記事本文 別紙参考 用語解説

 

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