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糸川 昌成 いとかわ まさなり/教授/基盤科学研究系
メディカル情報生命専攻/学外協力講座/中枢神経系の高次機能の分子生物学
http://www.igakuken.or.jp/schizo-dep/

略歴
1989年 3月 埼玉医科大学卒業 
4月 東京医科歯科大学 精神神経科 研修医(融道男教授)
1991年 9月 福島県 四倉病院精神科 常勤医
1992年 4月 筑波大学 人類遺伝学教室 研究生(有波忠雄助教授)
1994年 4月 東京医科歯科大学 精神神経科 医員(融道男教授)
1995年 4月 東京大学脳研究施設 生化学部門 研究生(芳賀達也教授)
1997年 4月 Molecular Neurobiology Branch, National Institute on Drug Abuse, National Institutes of Health, Visiting Fellow (George Uhl教授)
1999年 12月 理化学研究所 分子精神科学研究チーム 研究員(吉川武男チームリーダー)
2001年 12月 東京都精神医学総合研究所 精神分裂病部門 部門長(副参事)
都立松沢病院精神科 非常勤医師
2011年 4月 東京都医学総合研究所(研究所の統合移転) 統合失調症・うつ病プロジェクト プロジェクトリーダー(参事) 精神行動医学研究分野長
2015年 4月 東京都医学総合研究所 病院等連携研究センター長
教育活動
東京医科歯科大学医学部連携講座 精神医学、分子生物学
上智社会福祉専門学校 精神医学、精神保健学
埼玉医科大学 非常勤講師
研究活動
ヒトはなぜ心を病むのか。かつては、この答えを宗教や哲学の領域が探究した。この問答に医学が参入するようになって、まだ100年ほどしかたっていない。我々は、生物学の方法と道具を用いて、脳と心が織りなすこの難問に挑んでいる。
 脳波や画像を含む身体的な検査で何も異常が見られないのに、情動や思考に困難が生じる脳の疾病を機能性精神疾患という。統合失調症は、気分障害と並ぶ代表的な機能性精神疾患である。我々は、統合失調症の経験者の協力を得てゲノム解析やメタボローム解析を行い、統合失調症の原因解明に取り組んできた。当事者で多く見られるゲノム多型や代謝障害を、培養細胞や動物モデルで再現し病態を科学的に再構築している。また、特徴的なゲノム多型や遺伝子変異をもつ当事者からiPS細胞を樹立して、神経系へ分化させ病態を解析している。統合失調症は、どの民族でも100人に一人がかかる、比較的頻度の高い疾患である。人類が進化の過程で、この病態を淘汰せず一定頻度で経験し続けてきたのはなぜだろうか。モデル動物や培養細胞で再構成された病態には、そうした観点からも答えを見出そうとしている。
統合失調症では、脳の高次機能である能動性の意識や自己の同一性など、自我の機能にも困難を生じる。自我や自己意識といった、かつて哲学や宗教が挑んだ領域に、ミクロのレベルの生物学から解明に挑んでいる。

(1)精神疾患の分子生物学的研究:
 ドーパミンD2受容体の遺伝子多型を世界で初めて同定し(文献1)、統合失調症との関連を確認した(文献2)。また、この遺伝子多型は、ドーパミンD2受容体の脱感受性を弱めることを見出した(文献3)。

(2)精神疾患の生化学的研究:
 統合失調症に特徴的な生化学的な違いを2割の患者群の血液で同定し(文献4、5,6)、この生化学的特徴を改善する臨床試験を、精神科領域において日本で初めての医師主導治験として実施した。

(3)精神医学の科学哲学的研究:
 精神科領域のゲノム研究に1990年代から取り組んできたが、病態を誰もが納得できるような遺伝子変異は見つかってこなかった。ゲノム解析技術がまだ真の遺伝子を発見できるレベルに達していないだけで、解析機器の技術革新によって問題は解決できると考えられてきた。この30年、脳の様々な遺伝子が調べられてきたのは、心が脳からできていると仮定してきたからだ。しかし、心は脳と同じ‐心の病は脳の疾患である‐と考えて良いのだろうか。この疑問の答えを求めると、脳は心の一部であること、したがって脳以外の心の在り方についても研究すべきであることが分かる。そこで、脳と心の分子生物学を哲学的に研究している(文献7,8)。

(4)精神疾患の病態研究:
 精神疾患を経験した当事者と経験したことのない個人からiPS細胞を樹立し、神経系細胞に分化させて病態研究を行っている。また、マウスモデルを作成して病態の構造を研究している。

[文献]
1. Itokawa M, Arinami T, Futamura N, Hamaguchi H, Toru M. Related Articles, A structural polymorphism of human dopamine D2 receptor, D2(Ser311-->Cys). Biochem Biophys Res Commun. 196(3):1369-1375, 1993
2. Arinami T, Itokawa M, Enguchi H, Tagaya H, Yano S, Shimizu H, Hamaguchi H, Toru M. Association of dopamine D2 receptor molecular variant with schizophrenia. Lancet. 343(8899):703-704, 1994
3. Itokawa M, Toru M, Ito K, Tsuga H, Kameyama K, Haga T, Arinami T, Hamaguchi H. Sequestration of the short and long isoforms of dopamine D2 receptors expressed in Chinese hamster ovary cells. Mol Pharmacol. 49(3):560-566, 1996
4. Arai M, Yuzawa H, Nohara I, Ohnishi T, Obata N, Iwayama Y, Haga S, Toyota T, Ujike H, Arai M, Ichikawa T, Nishida A, Tanaka Y, Furukawa A, Aikawa Y, Kuroda O, Niizato K, Izawa R, Nakamura K, Mori N, Matsuzawa D, Hashimoto K, Iyo M, Sora I, Matsushita M, Okazaki Y, Yoshikawa T, Miyata T,Itokawa M, Enhanced Carbonyl Stress in a Subpopulation of Schizophrenia. Arch Gene Psychiatry 67:589-597, 2010
5. Arai M, Koike S, Oshima N, Takizawa R, Araki T, Miyashita M, Nishida A, Miyata T, Kasai K, Itokawa M. Idiopathic carbonyl stress in a drug-naive case of at-risk mental state. Psychiatry Clin Neurosci 65:606-607, 2011
6. Miyashita M, Arai M, Kobori A, Ichikawa T, Toriumi K, Niizato K, Oshima, K, Okazaki Y, Yoshikawa T, Amano N, Miyata T, Itokawa M. Clinical features of schizophrenia with enhanced carbonyl stress. Schizophr Bull.;40(5):1040-6. 2014
7. 糸川昌成. 脳と心-分子生物学は精神疾患を解明するのか-. 科学哲学 47-2,53-68, 2015
8. 糸川昌成.生物学的研究からみた統合失調症概念の再検討. シリーズ「精神医学の思想」 第1巻「精神医学の科学と哲学」第 III 部 精神医学の科学論 東京大学出版会(印刷中)
その他
日本統合失調症学会 理事
日本生物学的精神医学会 評議員
日本精神神経薬理学会 評議員
著書:
科学者が脳と心をつなぐとき(地域精神保健福祉機構)2016
臨床家がなぜ研究をするのか(星和書店)2013
統合失調症が秘密の扉をあけるまで(星和書店)2014
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将来計画
脳は生命科学にとって残された最後の未開領域です。それでも、記憶、学習、知覚、意志決定など、精神現象の個別の要素についてはかなりのことが明らかになってきました。一方で、自己、意識、主体性、自我などは、そもそも神経科学的手法で取り組むことが正しいゴールにたどり着けるのかさえはっきりとしていません。まずは、分子生物学を主要なツールとして精神現象の謎にせまりますが、将来は人文科学と生命科学が相互に乗り入れるような形で、個別要素的研究で分からなかった高次機能を解明する夢を抱いています。
教員からのメッセージ
研究は、まだ誰も見たことのないものを見ようとする行為とも言えます。荒野に路を創るような、地道で孤独な努力のはてに発見の喜びが訪れます。目の前の事実を知っている人間が、世界中で自分しかいないと感じる瞬間こそが、発見の醍醐味です。好奇心旺盛で、意欲ある学生さんをお待ちしています。
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