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田中 啓二 たなか けいじ/教授/生命科学研究系
メディカル情報生命専攻/連携講座/臨床医科学分野(東京都医学研究機構 東京都臨床医学総合研究所 先端研究センター)
http://www.rinshoken.or.jp

略歴
1976年徳島大学大学院医学研究科博士課程中退, 1976年徳島大学酵素研究施設(1987年酵素科学研究センターに改組)助手, 1981-3年米国ハーバード大学医学部生理学部門、1995年徳島大学酵素科学研究センター・助教授, 1996年(財)東京都医学研究機構 東京都臨床医学総合研究所・分子腫瘍学研究部門部長, 2002年同研究所・副所長、2008年同研究所・所長代行(先端研究センター長)。
教育活動
東京大学 大学院(新領域創成科学研究科)客員教授
東京医科歯科大学 客員教授
お茶の水女子大学 客員教授
順天堂大学 客員教授
新潟大学 客員教授
研究活動
研究テーマ:たんぱく質分解から生命の謎に迫る
(Uncovering the Mystery of Life through Proteolysis)
21世紀の生命科学は、ゲノム研究の余波を免れ得ない。遺伝子の総体を意味するゲノムの解読は、先祖から子孫に至る“生命の継承”を科学的に思惟する手段を手に入れたことを意味する。そしてゲノム医科学は、病気の阻止と健康を守る研究に関する旧来の手法に鉄槌を下すと共に生命理解への新しいパラダイムを創造しつつある。20世紀後半、爆発的に進展した生命科学の中心は“遺伝子からたんぱく質合成に至る研究”に集約される「たんぱく質の生の生物学」であったが、今日「たんぱく質分解、即ちたんぱく質の死の生物学」の研究の飛躍的な発展から“たんぱく質の死は生と同様に非常に重要である”との考え方が生命科学の隅々に定着しつつある。この新しい概念が提案されるに至った原動力は、ユビキチン(たんぱく質の分解シグナル分子)とプロテアソーム(真核生物のATP依存性プロテアーゼ複合体)の発見であった。プロテアソームは、分解目印として働くユビキチンが結合したたんぱく質を選択的に壊す複雑な細胞内装置である。生体機能を調節するたんぱく質やストレス等で傷害をうけた異常なたんぱく質は、このユビキチン・プロテアソームシステム(UPS:図1)によって速やかに分解され、このシステムが異常になると癌・免疫疾患・神経病などの重篤な病気になる。またごく最近、ユビキチンがもう一つのたんぱく質分解系であるオートファジー(自食作用)にも関係し、その破綻によって肝疾病や神経変性疾患が発症することが判明した。このように細胞内たんぱく質分解系は、生命の謎を解くキープレイヤーであると共に健康を守るための重要な生体監視システムである。当該研究グループはUPSについて、分子から個体レベルまで包括的にかつ四半世紀以上の長期間に亘り、継続的に研究してきた。以下3つのキーワードで最近の研究内容を概説する。

「ユビキチン」
ユビキチンは、76個のアミノ酸からなる小さな蛋白質であるが、21世紀において最も重要な蛋白質の一つと考えられている。それは沢山のユビキチンが標的となる蛋白質に結合すると、それが分解のための目印となって蛋白質が破壊されるからである。ユビキチンの重要性は、2004年のノーベル化学賞が「ユビキチン依存性蛋白質分解機構の発見」のテーマに授与されたことからも明白である。ユビキチンは生命を理解するためのヒントになるばかりでなく、最近、アルツハイマー病・パーキンソン病・プリオン病などユビキチン代謝系の破綻による疾病が急増しているため、臨床的にも注目されている。現在パーキン(若年性家族性パーキンソン病の原因遺伝子でE3をコード)とERAD(小胞体関連蛋白質分解)の研究を鋭意遂行中である。

「プロテアソーム」
プロテアソームは、主としてユビキチン化された不要なたんぱく質を(構造的に正常であるか異常であるかを問わず)シュレッダーのように選択的に破壊する細胞内装置である。プロテアソームは真核生物のATP依存性プロテアーゼであり、生命科学史上もっとも巨大で複雑な酵素複合体(分子量2.5 MDa、総サブユニット数約100個から構成)である。プロテアソームは多様な生体反応を迅速に、順序よく、一過的にかつ一方向に決定する合理的な手段として生命科学の様々な領域で中心的な役割を果たしている(図2)。最近、プロテアソームの阻害剤であるPS-341/ボルテゾミブ (商品名ベルケード)が、多発性骨髄腫などの治療に有効な抗ガン剤として注目されている。われわれはプロテアソームの発見から構造・機能解析に至る包括的研究で世界を先導してきた。現在、プロテアソームの分子集合機構と分子多様性(免疫プロテアソーム、ハイブリッドプロテアソーム、胸腺プロテアソーム等を発見)の解析、及び発生工学的手法による病態生理学的研究に邁進している。

「オートファジー」
オートファジー(autophagy:Greek for “the eating of oneself”)は、ダイナミックな膜形成(オートファゴソーム形成)によって細胞質成分を飲み込んだ後、リソソームと融合することによって内容物を消化する真核生物に保存されたたんぱく質分解システムである(図3)。現在、条件的にオートファジーが不能となるマウス(Atg7Flox/Flox)を作製、オートファジーの遺伝学的研究を多面的に進めている。
図1
図1:ユビキチン・プロテアソームシステム(UPS)とその生理学的意義

ユビキチン(U)、E1:U活性化酵素、 E2:U結合酵素、 E3:Uリガーゼ。ユビキチンは、あたかも小包の行き先(運命)を決定する荷札のように、付加されたたんぱく質の運命を決定付ける翻訳後修飾分子(モディファイヤー)である。このモディファイヤーは76個のアミノ酸からなる小さなたんぱく質で、活性化酵素(E1)・転移/結合酵素(E2)・連結酵素あるいはリガーゼ(E3)から構成された複合酵素系(ユビキチンシステム)によって標的たんぱく質に共有結合する。そしてE1-E2-E3のカスケード反応を繰り返すことによってポリユビキチン鎖が形成されるとプロテアソームによる識別のマーカー(分解シグナル)となる。その結果、ユビキチンで標識されたたんぱく質は選択的かつ迅速に破壊される。UPSは細胞周期・DNA修復・転写制御・ストレス応答・免疫応答・シグナル伝達・品質管理・アポトーシス・代謝調節・脳機能などほとんど全ての生命機構制御において中枢的な役割を果たしている。
図2
図2.プロテアソームの電子顕微鏡解析による分子形状とサブユニット構造

20S (CP)触媒ユニット:α/βリングがαββαの順に会合した円柱状粒子。19S (RP)調節ユニット:lid(蓋部)とbase(基底部)から構成された複合体。


図3
図3. オートファジー(自食作用:Greek for Self-eating)

[文献]
 原著論文 
Shimura, H., et al. (2000) Familial Parkinson’s disease gene product, parkin, is a ubiquitin-protein ligase. Nature Genet. 25, 302-305.
Murata, S., et al. (2001) Immunoproteasome assembly and antigen processing in mice lacking both PA28α and PA28β. EMBO J. 20, 5898-5907.
Yoshida, Y., et al. (2002) E3 ubiquitin-ligase that recognizes sugar chains. Nature 418, 438-442.
Imai, J., et al. (2003) The molecular chaperone Hsp90 interacts with 26S proteasomes and regulates their assembly. EMBO J. 22 3557-3567.
Komatsu, M., et al. (2004) A novel protein-conjugating system for Ufm1, a ubiquitin-fold modifier. EMBO J. 23,1977-1986.
Mizushima, T., et al. (2004) Structural basis of sugar-recognizing ubiquitin ligase. Nature Struct. & Mol. Biol. 11, 365-370.
Komatsu, M., et al. (2005) Impairment of starvation-induced and constitutive autophagy in Atg7-deficient mice. J. Cell Biol. 169, 425-434.
Hirano, Y., et al. (2005) A heterodimeric complex that promotes the assembly of mammalian 20S proteasomes, Nature 437, 1381-1385.
Matsuda, N., et al. (2006) Diverse effects of pathogenic mutations of Parkin that catalyzes multiple mono-ubiquitylation in vitro. J. Biol. Chem. 281, 3204-3209.
Komatsu, M., et al. (2006) Loss of autophagy in the central nervous system causes neurodegeneration. Nature 441, 880-884.
Hirano, Y., et al. (2006) Cooperation of multiple chaperones required for the assembly of mammalian 20S proteasomes. Mol Cell 24, 977-984.
Mizushima, T., et al. (2007) Structural basis for selection of glycosylated substrate by SCFFbs1 ubiquitin ligase. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104, 5777-5781.
Murata, S., et al. (2007) Regulation of CD8+ T cell development by thymus-specific proteasomes. Science 316, 1349-1353.
Komatsu M., et al. (2007) Essential role for autophagy protein Atg7 in the maintenance of axonal homeostasis and the prevention of axonal degeneration. Proc Natl Acad Sci USA 104, 14489-14494.
Komatsu, M., et al. (2007) Homeostatic levels of p62 control cytoplasmic inclusion body formation in autophagy-deficient mice. Cell 131, 1149-1163.
Yashiroda, H., et al., (2008) Crystal structure of a chaperone complex that contributes to the assembly of yeast 20S proteasomes. Nature Struct. Mol. Biol. 15, 228 - 236 .
 総説論文 
Komatsu, M., Ueno, T., Waguri, S., Uchiyama, Y., Kominami, E., and Tanaka, K. (2007) Constitutive autophagy: Vital role in clearance of unfavorable proteins in neurons. Cell Death and Different 14, 887-894.
Saeki, Y, and Tanaka, K. (2007) Unlocking the proteasome door. Mol Cell, 27, 865-867.
Murata, S., Takahama, Y., and Tanaka, K. (2008) Thymoproteasome: probable role in generating positively selecting peptides. Curr Opini Immunol 20, 192-196.
Takahama, Y., Tanaka, K., and Murata, S. (2008) Modest cortex and promiscuous medulla for thymic repertoire formation. Trends Immunol 29, 251-155.
Murata, S., Yashiroda, H., and Tanaka, K. (2008) Molecular mechanisms underling the assembly of proteasomes. Nature Rev Mol Cell Biol in press.
その他
日本生化学会、日本癌学会、日本分子生物学会、日本免疫学会、日本蛋白質科学会、日本細胞生物学会に所属。主な科学研究助成金:平成13〜16年 文部科学省:特別推進研究(ユビキチンとプロテアソームによる蛋白質分解研究)、平成17〜21年 文部科学省:特別推進研究(プロテアソームの分子集合と多様性の解析)等。昭和63年「日本生化学会奨励賞」、平成15年「内藤記念科学振興賞」、平成16年「上原賞」、同年「朝日賞」、平成19年「東レ科学技術賞」を受賞。(いずれもプロテアソームの発見、構造・機能解析に関する研究)。
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将来計画
20世紀後半の生命科学が“ヒトゲノムプロジェクト”に象徴されるように「遺伝子の魔術」に翻弄され続けてきたことを考えると、21世紀の生命科学は言うまでもなく「たんぱく質」の時代である。ゲノム科学とは、たんぱく質科学と表裏一体の関係にある。というのは、遺伝情報はアミノ酸の配列を決定する静的な暗号であり、細胞内の現場で実際に活動している主役はたんぱく質であるからである。しかし細胞内におけるたんぱく質の振る舞い(動態)には、未解明な多くの謎に溢れている。最大の謎は、細胞を構成する全てのたんぱく質は同じ素材(20種類のアミノ酸)から構成されているにも関わらず、固有の寿命をもってターンオーバーしていることである。すなわちたんぱく質の寿命は、数分から数ヶ月と千差万別であり、1万倍以上の開きがある。これは、現在のたんぱく質科学引いては生命科学における最大の謎の一つである。たんぱく質の寿命の機構とその意義の解明は、21世紀の生命科学研究が克服すべき大きな課題であり、既存の教科書を大幅に書き直すような新しい生命科学を創成することになると思われる。ユビキチン/プロテアソーム とオートファジーの包括的研究を通して、たんぱく質の寿命(ゲノム遺伝子にコードされていない未知の情報)の謎を解明することが究極の研究目標である。
教員からのメッセージ
全ての科学は模倣から始まる。しかし、一流の科学者は、然るべき時に独力で模倣を独創性に変貌させねばならない。大学院時代は、科学の神髄に触れ、自らを磨き、優れた科学者となるための一歩を踏み出すときである。生命科学領域において世界を席巻する研究を目指すしなやかで野心的な学生を望む。
 流行に追随する研究でなく、流行を創成する研究を目指せ! 
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