新東京大学大学院領域創成科学研究科
「酸素は地球にいつどのように登場したのか
-酸素大気形成のタイミングとメカニズムを解明-」

会見日時:

2011年10月11日(火) 14:00〜15:00

会見場所: 

山上会館会議室(地階会議室001)

出席者:

関根康人(東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻 講師)
鈴木勝彦(独立行政法人 海洋研究開発機構 地球内部ダイナミクス領域,
 プレカンブリアンエコシステムラボ,海底資源研究プロジェクトチームリーダー)
田近英一(東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻 教授)

発表概要: 

 約20〜24億年前、大気中の酸素濃度はほとんどゼロの状態から現在の1/100以上のレベルにまで急激に上昇し、生命進化に多大な影響を及ぼした。しかし、この酸素の上昇のタイミングとそのメカニズムは謎であった。本研究では、地層中に含まれる白金族元素オスミウムを用い、酸素濃度の上昇が、約23億年前の大氷河期から温暖期への気候回復時に起きたことを明らかにした。このことは、急激な温暖化に伴い、光合成生物が大繁殖することで、酸素大気が形成したことを示している。このことはまた、太陽系外地球型惑星の生命-大気-気候の相互作用の理解にとっても重要である。

発表内容:

 地球大気中の酸素は、生命による光合成活動によって生み出されており、宇宙から眺めた時に、地球が他の惑星と異なる生命の星であることを示す最大の特徴である。このような酸素大気は、いつどうやって形成したのだろうか。現在、地球大気の21%を占める酸素は、地球史46億年を通じて徐々に増えてきたわけではなく、特定の時期に増加したと考えられている。とくに、今から約20〜24 億年前には、それ以前にはほとんど存在していなかった酸素が、現在の1/100以上のレベルにまで急激に上昇した(図1)(1/100というと少なく聞こえるが、それ以前はほとんど酸素が存在していなかったことを考えると、急激な上昇である)。この爆発的な酸素濃度の上昇は“大酸化イベント”と呼ばれ、これにより表層環境や生態系は一変した。我々にとって必要不可欠な酸素も、当時繁栄していた原始的な微生物にとっては猛毒である。大酸化イベントの結果、このような酸素があると生きられない微生物は地表から地下に活動の場を移し、酸素を代謝エネルギー源として用いる、ヒトを含むすべての動植物が属する真核生物(注1)が約20億年前に出現するに至った。
 このような大酸化イベントはどのようなメカニズムで生じたのだろうか。この問題は地球科学における長年の謎であった。この時期に光合成生物が大繁殖したのであろうか?もしそうならば、大繁殖を引き起こした引き金は何であろうか?大酸化イベントのメカニズムを理解するためには、酸素濃度が上昇し始めた“タイミング”を明らかにすることが重要となる。なぜなら、たとえば“何かの事件(イベント)”を引き金に酸素濃度が上昇した場合、酸素上昇とそのイベントがほぼ同時に地層などの地質記録に保存されていることが期待されるからである。しかしながら、このような酸素上昇と地質イベントの同時性を示すことは簡単ではない。過去の研究では超えられなかった大きな壁がここにある。これまでの研究では、地層中にたまたま存在している酸化物や硫化物の分析から、その当時大気に酸素が存在していたのかを判断していた。このような従来の指標は常に地層中に存在しているわけではなく、数1000万年〜1億年間隔で点在しており、それらの点の記録をつなぎ合わせて大雑把な酸素濃度の変化を推定していた。そのため、もっと短い時間スケールでおきる地質イベントと酸素濃度の変化を照らし合わせることは困難であった(図1)。したがって、大酸化イベントの原因を究明するためには、酸素濃度の変化を地質イベントの前後で連続的に追うことのできる新たな指標が必要となる。
 我々はこの問題に対し、白金族元素(注2)の1つであるオスミウムとその同位体(注3)を新たな指標として用い、大酸化イベント中の酸素濃度変化を連続して追尾した。大陸の岩石中に含まれるオスミウムは、酸素濃度が高いとイオンとなり水に溶け、河川を通じて海に運ばれ海底の地層中に堆積する。一方、酸素濃度が低いと水には溶けないため、海水中や地層中のオスミウム濃度は低いままである。さらに、河川を通じて海に運ばれる陸由来のオスミウムは、その同位体比が海底火山などで海洋に直接供給されるオスミウムのものとは大きく異なるため、地層中に含まれるオスミウムの濃度と同位体比の両方を測定すれば、陸から海にオスミウムが運ばれ始めたタイミング、すなわち酸素濃度が上昇したタイミングが特定できる。
 我々は、約22〜24.5億年前の地層が分布するカナダ・オンタリオ州の地質調査を実施し、堆積物試料の分析を行った(図2)。その結果、大規模氷河期があったことを示す約23億年前の氷河性堆積物と、その直上の温室気候を示す炭酸塩岩の境界の地層から、オスミウムの濃度と同位体比が上昇するシグナルを発見した(図3)。このことは、地球が大氷河期から抜け出し、温暖化が生じる気候回復と同時に、大気中の酸素濃度の急上昇が起きていたことを示している。
 我々が提示する大酸化イベントの全貌は、次のようなものである。約23億年前、地球は表面の大部分が氷で覆われる大氷河期にあった。やがて大氷河期が終わると、急激な温暖化によって、大陸の化学風化作用が劇的に増大する。その結果、大陸から大量の栄養塩(リン)が海洋に供給され、光合成生物の大繁殖を引き起こし、大量の酸素の放出が引き起こされる(図4)。この時代には、全球凍結(注4)を含む破滅的な氷河期が繰り返し起きていたことが知られている。この酸素の上昇により、大気中に存在していたメタンなどの強力な温室効果をもつ還元的なガスは酸化され、それらの濃度が低下する。すると、温室効果が低下した地球は温暖期の後、再び大氷河期に陥り、またその気候回復期に酸素が放出される。このような激しい寒冷化-温暖化のサイクルと、そのたびに起きる光合成活動の活発化に伴う酸素濃度の上昇は、大気中に酸素が満ちるまで起き続けたのであろう。
 今回の我々の発見は、気候変動が引き金となって酸素大気が形成されたことを示すものだが、大酸化イベントの根本的な原因究明には至っていない。それは、どうして地球は大規模な氷河期に陥ってしまったのかという問題がまだ残っているからである。もし何らかの必然的な理由があって大氷河期が訪れたのであれば、酸素大気の形成や我々につながる高等生命の誕生も、地球進化の必然的な結果の1つなのかもしれない。これらは今後の重要な研究課題となるであろう。このような知見は、今や純粋な学問的興味にとどまらず、広く社会一般に影響が及ぶ地球温暖化に伴う気候-大気-海洋-生物圏の複雑な相互作用の理解にとって重要であるだけでなく、近年観測が盛んに行われている太陽系外における“第二の地球”の発見や、そこでの生命生存可能性の推測にも重要な示唆を与えるものである。

発表雑誌: 

著者:Sekine, Y., Suzuki, K., Senda, R., Goto K.T., Tajika, E., Tada, R., Goto, K., Yamamoto, S., Ohkouchi, N., Ogawa, N.O., Maruoka, T.
タイトル: Osmium evidence for synchronicity between a rise in atmospheric oxygen and Palaeoproterozoic deglaciation
出版社: Nature Publication Group
雑誌名: Nature Communications (英科学誌 ネイチャー・コミュニケーションズ)
発表予定日: 2011年10月12日(電子版)(日本時間)

問い合わせ先: 

東京大学 大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻 関根康人 講師
(Email:sekine@k.u-tokyo.ac.jp)
海洋研究開発機構 地球内部ダイナミクス領域 鈴木勝彦 チームリーダー
(Email: katz@jamstec.go.jp)
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻 田近英一 教授
(Email:tajika@k.u-tokyo.ac.jp)

用語解説:

(注1)真核生物 (eukarya):生物は、細菌、古細菌、真核生物に分類される。動物や植物、菌類、原生生物などはみな真核生物に属する。身体を構成する細胞に核を有することが特徴で、酸素呼吸を行う器官であるミトコンドリアも有している。また、その細胞膜を合成するためには酸素が必要とされている。真核生物の生存には環境中の酸素濃度が現在の100分の1以上であることが必要ともいわれている。

(注2)白金族元素 (Platinum Group Metals):周期表において第5、第6周期、第8、9、10族に位置するルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金の総称。これらはどれも貴金属であり、材料科学的に価値のあるレアメタルにも含まれる。地層中の含有量も非常に低く、オスミウムの場合、堆積岩1グラム中に1−100億分の1グラム程度しか通常含まれないため、この濃度や同位体比の精密な測定には、特殊な実験分析技術や超高精度の質量分析装置が必要となる。

(注3)同位体 (Isotope):同じ原子番号をもつ元素の原子において、質量数が異なる核種。オスミウムには184Os, 186Os, 187Os, 188Os, 189Os, 190Os, 192Osの7つの安定同位体が存在する。このうち187Osは187Re(レニウム)から生成される。レニウムを多く含む大陸中では、187Osの割合が相対的に多くなり、したがって大陸起源のオスミウムの187Os/188Os比は、マントルのそれよりも大きい値となる。

(注4)全球凍結 (Snowball Earth event) :1980年代後半、原生代後期(約6億年前)の氷河堆積物の研究によって、当時の赤道域に大陸氷床が存在した地質学的証拠が発見された。カリフォルニア工科大学のジョセフ・カーシュビンク教授は、当時の地球表面全体が氷に覆われていたのではないかと考え、1992年に「スノーボール・アース仮説」として提唱した。その後、原生代初期(約22〜23億年前)でも同様の証拠が発見され、全球凍結イベントは地球史において何度か生じたとことが認識されるようになった。

添付資料: 


図1.(a) 地球史を通じた大気中の酸素濃度の推定範囲と氷河期(水色の▲)の発生時期と規模の比較。約20〜24億年前の急激な酸素濃度の上昇を大酸化イベントと呼ぶ。(b) 大酸化イベント期間中における、地質記録により制約された酸素濃度範囲の概念図。上図は、これまでの研究により制約された酸素濃度変動の様子を示す。数1000万年〜1億年程度のギャップがあるため、詳細な酸素濃度レベルの変動の理解や氷河期との対応が不明だった。下は本研究による制約。氷河期後の変動を連続的(100〜1000年間隔)に調べることができた。

 



図2.(a) 試料採取地点(カナダ・オンタリオ州)の地図。(b) 現地地質調査およびサンプリングの様子。(c) ドロップストーンと呼ばれる礫(左の大きさ数センチメートルの石、右はスケール)を含む氷河性堆積物。氷河が陸地の岩石を削り取り、海で溶ける際に海底の堆積物中に落としたもの。

 



図3.氷河性堆積物層と炭酸塩岩層の境界のオスミウムの同位体比と濃度変化。寒冷状態から温室状態への気候回復にともなって、大陸由来のオスミウムが供給されている。このことは、この時期に酸素濃度が上昇し、大陸のオスミウムがイオンとなり海洋に運ばれ始めたことを示している。

 



図4.氷河期中から氷河期後にかけての地球表層環境の変化。氷河期後の温暖環境で、大陸から栄養塩が供給され光合成活動が活発化し、大量の酸素を放出したと考えられる。この酸素は、陸上に含まれるオスミウムを酸化し、海洋に供給した。

 





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