新東京大学大学院領域創成科学研究科
体内抗酸化ジペプチドの認知症予防作用発見

発表者

久恒辰博(大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 准教授)

発表概要

 アルツハイマー病モデルマウスを用いた研究で、体内に存在する抗酸化ジペプチド(カルノシン)に、認知機能の低下を回避する作用があることを、発見した。

発表内容

 渡り鳥は長距離を休むことなく飛び、回遊魚は大陸をまたぐほどの長距離を泳ぐ。動物の驚くべき運動能力は、筋組織中に含まれている、抗酸化作用を有し疲労を和らげるはたらきを持つイミダゾールジペプチドという物質によって支えられている。動物が筋肉を使って移動することで環境に適応してきたことに対し、人間は脳を使って環境や社会に適応しその繁栄を築いてきた。近年、高齢化が一段と進み、認知症患者が急増していることは周知である。認知症(アルツハイマー病)は、長い人生の中で、脳が使われすぎたための「脳の疲労」によると見る向きもある。なぜなら、認知症の原因とされる老人斑は、活発に活動する脳領域(海馬など)から順に蓄積することが発見されてきたからだ。だとすれば、筋肉の疲労が体内抗酸化ジペプチドによって緩和されているように、認知症につながる脳の疲労もこの体内滋養成分によって自然と緩和されていることはないのか?
 東京大学大学院新領域創成科学研究科のブルーノ・エルクラノ(大学院修士課程2年)と久恒辰博准教授らの研究グループは、アルツハイマー病モデルマウスを用い、イミダゾールジペプチドの一つ(カルノシン)に、認知症予防作用があることを見出した。実験には、アルツハイマー病原因遺伝子(プレセニリンとアミロイド前駆体蛋白質)を組み込んだ36匹のマウスを用いた。このマウスを、次の3グループに分け、実験を行った。@)通常の飼料で飼育したマウス(13匹) A)生後4ヶ月から脂肪含量の高い飼料(高脂肪食)を与えることで老人斑の蓄積を早め、認知機能の低下を誘導したマウス(12匹) B)高脂肪食投与開始の2週後から、カルノシン(βアラニル-ヒスチジン)を給水ビンに1g/Lの濃度で混ぜ、6週間与え続けたマウス(11匹:実験スケジュールは添付資料をご参照ください)。これら3グループのマウスの記憶機能を、「文脈恐怖条件付け学習評価装置」を用い評価した。その結果、高脂肪食の投与によってアルツハイマーマウスに誘導された記憶機能の低下が、カルノシンを摂取させることで完全に(通常の健康なマウスと同レベルまで)回避されていることが見出された。なお、通常のマウスに高脂肪食を投与しただけでは、記憶機能が低下することはなかった。
 以上のマウスを用いた研究から、抗酸化ジペプチドであるカルノシンに記憶機能の低下を防止する作用があることが見出された。今後は、その作用メカニズムの解明や臨床試験を通じて、さらに検証を進めていく必要性があるが、本研究の成果は、筋肉や脳組織中に存在する生体内物質であるイミダゾールジペプチドを介して、認知症に対する新しい予防法の開発を可能にするものである。

発表する国際学会

国際アルツハイマー病学会(フランス・パリ、7月17日〜21日開催)

問い合わせ先

久恒辰博(ヒサツネ タツヒロ)
東京大学 大学院新領域創成科学研究科
先端生命科学専攻 細胞応答化学分野 准教授
電話:04-7136-3632、FAX:04-7136-3633
E-mail: hisatsune@k.u-tokyo.ac.jp

研究室ホームページ: http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/hisatsune-lab/

用語解説

カルノシン(Carnosine)
βアラニンとヒスチジン(イミダゾール環を持つアミノ酸)からなる生体ジペプチド。生体組織の老化につながる脂質の過酸化反応を防ぐ作用がある。カルノシンに加え、ホモカルノシンやアンセリン、など生体内には複数のイミダゾールジペプチドがある。

カルノシン(βアラニル−ヒスチジン)の化学構造式

高脂肪食(HFD; High Fat Diet)
マウスに高脂肪食を与えることで、糖尿病様の症状が誘導される。最近、糖尿病が、アルツハイマー病発症の主要なリスク因子であることがわかり、この分野の研究が一段と加速した。アルツハイマー病モデルマウスに高脂肪食を与えると、糖尿病様症状の併発により老人斑の蓄積が早まり、認知機能の低下(認知症様の症状)が誘導される。本実験に用いた高脂肪食の脂質含量は32%(重量比)、通常飼料の脂質含量は5%である。
文脈恐怖条件付け学習評価装置
マウスのエピソード記憶(空間情報と情動の連想記憶)を計測する実験方法。実験の一日目にマウスを記憶箱に入れ、その空間情報を覚えさせた後、軽いフットショックを与える。実験の二日目にマウスを同じ箱に入れると一日目の学習により驚愕反応(すくみ反応)を示す。ビデオ記録後にコンピュータ計測によって、空間情報と情動の連想記憶の指標となるすくみ反応の時間を算出する(すくみ反応の時間が長いほど、よく覚えていると言える)。客観性に優れた行動評価である。すくみ反応の時間を比較することで、マウスの空間記憶能力を評価することができる。

今回の実験に使用したマウス行動学試験「文脈恐怖条件付け学習」の概要


添付資料




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