新東京大学大学院領域創成科学研究科
冷たい第2の地球、土星衛星タイタンの窒素大気の起源を解明

発表タイトル

「冷たい第2の地球、土星衛星タイタンの窒素大気の起源を解明−40億年前の太陽系に起きた天変地異」

発表者

関根 康人 (東京大学 大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻 助教)
杉田 精司 (東京大学 大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻 教授)
松井 孝典(東京大学 名誉教授/現・千葉工業大学 惑星探査研究センター 所長)

発表概要

土星の衛星タイタンは、太陽系で地球以外に唯一厚い窒素大気を持ち、地表には液体メタンの湖や川が存在する。しかし、このような地球によく似たタイタンの表層環境が、いつどのように形成されたのかは謎であった。本発表では、タイタンの窒素大気が、今から40億年前におきた巨大隕石の重爆撃イベントという、太陽系全体を巻き込んだ天変地異によって形成されたことを明らかにした。

発表内容

 タイタンとは土星最大の衛星であり、その直径は火星の2/3にも匹敵する惑星サイズの天体である。タイタンが科学者にとどまらず広く注目される理由は、その表層環境が驚くほど地球に似ているためである。まず、タイタンは窒素を主成分とする厚い大気(地表で1.5気圧)を持っている(図1)。このような窒素大気を持っている天体は、太陽系で地球とタイタンだけである。地球には、表面に液体の水(海)が存在し、それが蒸発や凝縮、降雨などにより循環している。一方、タイタンは太陽から遠く低温であるため、水は完全に凍っているが、大気成分であるメタンが凝縮し雲を形成している。雲を形成したメタンはその後、雨となって地表に降り注ぎ、液体メタン(注1)の川や海を形成している(図2)。このように表面に液体が存在し、地球の水循環とそっくりの液体の循環が起きている天体も、現在の太陽系では地球以外でタイタンだけである。

  タイタンに関する知見の多くは、2004年に開始され現在も進行中のNASA/ESAによるカッシーニ探査によりもたらされてきた。しかし、未だ解決されていない根本的な問題が残されている。それは、このようなタイタンの表層環境はいつどのように形成されたのかという疑問である。もしタイタンに厚い窒素大気がなければ、メタンも地表で凍りついてしまう。したがって、現在のような環境が形成するためには、厚い大気の形成が必要不可欠となる。従来の説では、タイタンを作った材料物質に窒素が含まれていたという「材料物質説」、あるいは、地球と同様に、太陽系形成直後におけるタイタン形成時に発生する熱や化学反応で原始太陽系に豊富に存在していたアンモニアから窒素大気が形成されたという「形成時誕生説」が提唱されていた。「材料物質説」の場合、窒素が材料物質に取り込まれるのと同じ温度圧力条件で、希ガス(注2)も材料物質に取り込まれるため、この説が正しければタイタン大気中には希ガスが豊富に存在するはずである。しかし、カッシーニ探査機による観測の結果、タイタン大気に希ガスはほとんど含まれておらず「材料物質説」は否定された。「形成時誕生説」の場合、タイタン形成時の熱により、原始大気が形成するのと同時に内部も分化(注3)することが予想される。しかし、2010年に発表されたカッシーニ探査機の重力測定結果によると、タイタン内部は分化しておらず、形成時に初期大気を形成するほど温度が上がらなかったことが明らかになった。このように、従来提唱されていたどちらの説にも根本的な問題が見つかり、どのようなメカニズムでタイタンが窒素大気を獲得したのかという問題は大きなジレンマとなっていた。

  タイタン大気の起源に関するこの謎に対し、我々は今から約40億年前におきた巨大隕石の重爆撃イベントに注目した「重爆撃期形成説」を新たに提唱し、室内実験と数値シミュレーションによりこれを実証することでこのジレンマを解決した。約40億年前のこの時期は、後期隕石重爆撃期と呼ばれ、太陽系全体で巨大隕石衝突が頻繁に起きていたことが知られている。実際、月のうさぎ模様に見える衝突クレーターの大部分は後期隕石重爆撃機に形成した可能性が高い。この時期、タイタンにも、白亜紀末に恐竜を滅ぼした巨大隕石(注4)の数倍という直径約50 kmにも達する超巨大隕石が、数千回衝突したと推定されている。このような衝突が起きると、衝突地点付近も広範囲で2000℃を超える高温になり、タイタンに含まれていたアンモニア氷が熱分解し、窒素を生成するかもしれない。そこで我々は、飛翔体を秒速数kmという超高速に加速する高エネルギーレーザー銃と、その衝突により生成する気体を調べる分析システムを世界で初めて開発し、隕石衝突の再現実験を行った(図3)。そして、得られた実験結果を、タイタンへの巨大隕石衝突の数値シミュレーション(図4)に組み込むことで、重爆撃イベントにより現在の大気量を説明できるだけの窒素が生じることを明らかにした。我々が提唱する「重爆撃期形成説」は、カッシーニ探査機によって得られた希ガスのデータや内部構造の重力データも無理なく説明することができる点で、従来の説より優れていると言える。

  後期隕石重爆撃期がなぜ起きたのかについて、原因ははっきりしていない。しかし、土星、天王星、海王星の軌道が40億年前に突然外側に大きく移動した(惑星大移動:注5)ことにより、太陽系内に残っていた巨大隕石群の軌道が乱され、惑星や衛星に大量に衝突したという仮説が現在有力である。我々の実験結果は、タイタン大気だけでなく、海王星の衛星トリトンなど、太陽系外側の様々な天体の特徴が、後期隕石重爆撃期での隕石衝突と化学反応により説明できることを示している。このことは、約40億年前に起きた太陽系全体を巻き込んだ破滅的天変地異が、現在見られる様々な惑星や衛星の多様性を形作る上で、大きな役割を果たしていたことを物語っている。このような天変地異は、地球大気の進化や隕石による生命起源物質の供給といった形で、原始地球にも大きな影響を与えたであろう。

  我々はこれまで、地球の理解を基礎にそれを応用する形で他の天体の起源や進化を考えてきた。今回タイタンが提示した謎を解くことは、従来の惑星や衛星が大気を獲得するメカニズムに対する知見に全く新しい視点を与えた。このような太陽系天体の包括的な大気形成に対する理解は、近い将来見つかるであろう、太陽系外の地球型惑星の大気や表層環境の推定にもつながることが期待される。

●本研究は,以下の科学研究費を受けて実施された
・科学研究費補助金 基盤研究(A) (研究代表者:松井孝典,課題番号:21244069)
・科学研究費補助金 基盤研究(B) (研究代表者:杉田精司,課題番号:20340155)
・三菱財団助成金(研究代表者:関根康人)

発表雑誌

著者: Sekine, Y., H. Genda, S. Sugita, T. Kadono, T. Matsui
タイトル: Replacement and late formation of atmospheric N2 on undifferentiated Titan by impacts
出版社:Nature Publishing Group
雑誌名: Nature Geoscience (英科学誌 ネイチャー・ジオサイエンス)
発表予定日:2011年 5月 8日(電子版) Paper

問い合わせ先

東京大学 大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻 関根康人 助教
(Email:sekine@k.u-tokyo.ac.jp)
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻 杉田精司 教授
(Email: sugita@k.u-tokyo.ac.jp)

用語解説:

(注1)液体メタン:メタンの沸点と融点は、それぞれマイナス162度、マイナス183度である。そのため、地球上ではメタンは気体として存在している。一方、タイタンの表面温度はマイナス180度前後であり、メタンの沸点と融点の間の温度であるため、タイタン上ではメタンは液体として存在する。

(注2)希ガス:周期表で18族を占める、アルゴンなどの元素の総称。化学的に安定しているため反応を起こしにくく、大気中に存在していても化学反応などで失われることが非常に少ない。特にアルゴンは、原始太陽系星雲における凝縮し、タイタンの材料物質に取り込まれる温度が窒素と非常に近い。

(注3)分化:様々な構成要素の混合状態であったものが、要素ごとに分かれること。惑星や衛星の場合、金属や氷、岩石などの混合物質であった微惑星が、集積・融解することでコア、マントル、地殻、大気といった層に分かれることを指す。

(注4)白亜紀末に恐竜を滅ぼした巨大隕石:隕石の直径は、10-15 km、衝突速度は秒速20 km程度と推定されている。この衝突により形成した隕石衝突クレーターが、メキシコのユカタン半島にある直径180 kmのチチュルブ・クレーターである。

(注5)惑星大移動:太陽系形成後には、現在の天王星、海王星領域には、惑星になり損ねた多くの氷微惑星が存在していた。これらの氷微惑星は、土星、天王星、海王星との重力相互作用で、太陽系の内側に飛ばされ、各運動量を得たこれらの惑星の軌道は徐々に外側に移動する。この軌道進化の途中で、木星との公転軌道周期が共鳴関係になったとき、これらの巨大惑星は木星から強い重力摂動を受けて、軌道が急激に変化する。これを惑星大移動と呼ぶ。


図1:カッシーニ探査機が撮影したタイタン。オレンジ色のタイタンの周りに、もやを含む厚い大気が存在していることがわかる(画像提供:NASA/JPL)。

図2:タイタン北極付近に広がる数100というメタンの湖沼。数kmのものから300 km という地球最大の湖、スペリオル湖の大きさを上回るものまで大小さまざまなメタン湖が観測された(画像提供:NASA/JPL)。


図3:(左)秒速数 km の超高速衝突を実現する高エネルギーレーザー銃。左奥のNd:YAGレーザーで発生したレーザー光が4台のガラスアンプでエネルギーを増幅されて真空チャンバーに照射される。(右)真空チャンバー内の飛翔体加速のメカニズム。レーザー光は真空チャンバー内の金属箔(飛翔体)に照射される。レーザーにより発生したプラズマ蒸気の膨張を推進力として、飛翔体が加速され、タイタン氷地殻を模擬したアンモニア氷に衝突する。衝突で発生したガスは質量分析装置により測定される。


図4:流体力学計算に基づく、タイタンへの巨大隕石衝突シミュレーション(衝突天体直径 20 km、衝突速度:秒速 11 km、衝突角度:45°)。色は衝突時に経験した高温・高圧状態を示す。時間の経過は左上、右上、左下、右下の順。




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