新東京大学大学院領域創成科学研究科
ゼロ磁場で実現した量子臨界点(物質中の特異点)  -新しい金属相の可能性-

発表者

松本洋介(東京大学物性研究所 助教)
中辻 知   (東京大学物性研究所 准教授)
久我健太郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科 博士課程3年)
柄木良友(琉球大学教育学部 准教授 / 元 東京大学物性研究所 助教)
堀江直樹(元 東京大学大学院新領域創成科学研究科 修士課程学生)
志村恭通(東京大学大学院新領域創成科学研究科 博士課程1年)
榊原俊郎(東京大学物性研究所 教授)
Andriy H. Nevidomskyy(米国Rice大学 准教授 /元 米国Rutgers大学 研究員)
Piers Coleman(米国Rutgers大学 教授)

発表概要

 新たなイッテルビウム系化合物β- YbAlB4 の純良単結晶の精密磁気測定から、この物質の量子臨界点(特異点)が金属では初めて実質的にゼロ磁場に存在することを発見しました。この量子臨界現象は温度を下げるだけで自発的に現れるため、 特異点周りの異常な金属状態の解明に役立つだけでなく、“量子臨界相”という全く新しい金属相の実現の可能性を示唆しています。

発表内容

 自然界には“特異点”と呼ばれる、物理法則の滑らかさが破れ、数学的に無限大に発散する点が存在し、物理学の分野において盛んに研究されています。例えば、稲妻、竜巻、ブラックホールといった現象は、特異点の存在によってその周辺に異常な影響があらわれる興味深い現象の例ですが、私たちの身の回りの物質中にも、低温で同じような特異点が発現し、物質の新奇な振舞いの起源となることが近年分かってきました。特に金属の場合、特異点の近傍では電気を運ぶ電子の流体が不安定になります。この電子の流体の振舞いを説明する最も基本的な理論として、原子炉の生みの親、エンリコ・フェルミの名にちなんだフェルミ液体理論が過去80年間にわたり重要な役割を果たしてきました。しかし、新たなイッテルビウム系化合物β- YbAlB4 (注1添付図1)の場合、この理論の描像が絶対零度に存在する特異点によって明らかに破綻し、新たな金属状態を形成していることが、本研究から分かりました。 この発見は東京大学物性研究所と米国ラトガース大学の共同研究によるもので、米国科学誌『サイエンス』に掲載されます。
 物質中の特異点を探索するとき、我々は磁場、圧力、温度といった量を変化させ、その物質の性質の変化を詳細に調べます。すなわち、ブラックホールを探索して時空を旅するように、磁場、圧力、温度といった量で指定される相空間と呼ばれる空間内で物質を移動させることで、物質のおかれた状態を特異点に近づけることが可能です。しかし、例えば、ブラックホールがその中心に時空の特異点を隠しているように、β-YbAlB4の特異点も、超伝導という、電流をゼロ抵抗で流すことの可能な現象によって覆い隠されています。そのため、この量子臨界点(注2)と呼ばれる絶対零度の特異点において、従来のフェルミ液体描像が破綻する様子を直接観測することができません。また、多くの場合、特異点本来の振舞いは物質中の不純物によって覆い隠されてしまいます。今回、我々は非常に高い純度の単結晶試料を用い、高精度の磁気測定を行うことで、特異点の影響が、超伝導によって隠された温度、磁場領域よりも100倍以上のずっと広い範囲まで及んでいる様子を詳細に調べることができました(添付図2)。これは、宇宙において直接観測されない時空の特異点もしくはブラックホールの重力を、遠く離れた周辺の星々の運動を通じて知ることに例えられるかもしれません。その結果、β- YbAlB4の特異点が常圧下において地磁気と同程度という驚くべき精度でちょうどゼロ磁場に存在することが明らかになりました。すなわちこの物質においては、我々が圧力、磁場を加えることなく、温度を下げるだけで、あたかも自発的に量子臨界状態という特異点に伴う異常な振舞いが発現するように見えます。これは、通常、物質を相空間中の特異点に移動させる場合、磁場や圧力を加えたり、あるいは新たな化学物質を添加する必要があることを考えると驚くべき結果です。この実験事実は、ある圧力範囲にわたって量子臨界相が存在する、すなわち特異点が圧力方向に広がって存在し、もはや点では無く線になっている、全く新しい金属状態の実現を示唆しています(添付図3)。このことはさらに言葉を変えれば、β- YbAlB4において、フェルミ液体と超伝導体に代わる第3の金属状態とも言える“新奇な金属相”の実現を示唆する実験的な証拠であると考えられ、量子臨界現象に対する我々の理解の新たな地平を開くとともに、高温超伝導体をはじめとする非従来型超伝導(注3)や、それに関連する異常な金属状態の謎を解明するうえでも重要な知見を与えることが期待されます。

本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(No. 21684019)、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「重い電子の秩序化」(No. 20102007, 21102507 )、同じく特定領域研究「フラストレーションが創る新しい物性」(No. 19052003) 、グローバルCOE プログラム「未来を拓く物理科学結集教育研究拠点」、 東レ科学技術研究助成の研究助成を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名:米国科学誌「Science」(1月21日号)
論文タイトル:“Quantum Criticality without Tuning in the Mixed Valence Compound β-YbAlB4”価数揺動物質β-YbAlB4におけるチューニングのいらない量子臨界性
著者:Y. Matsumoto, S. Nakatsuji, K. Kuga, Y. Karaki, N. Horie, Y. Shimura, T. Sakakibara, A. H. Nevidomskyy, P. Coleman

問い合わせ先

 東京大学物性研究所 准教授 中辻 知
 TEL:04-7136-3240, FAX:04-7136-3241
 E-mail:satoru@issp.u-tokyo.ac.jp, URL:http://satoru.issp.u-tokyo.ac.jp/

用語解説:

1 イッテルビウム系化合物β- YbAlB4
イッテルビウム(Yb)というレアアース元素の一つを含む化合物(添付図1参照)。この物質は、強い電子間相互作用(電子がお互いを避けあう性質)により低温であたかも電子の質量が100倍から1000倍程度まで増大したような振舞いを示す“重い電子系”物質であり、イッテルビウム系の重い電子化合物としては初の超伝導体です。非常に純良な結晶試料を合成することが可能で、電子は低温で1 ミクロンにも及ぶ巨視的な距離(イッテルビウム原子数千個分)にわたって散乱されずに動くこと可能です。
2 量子臨界点 / 量子臨界現象
物質がある状態から異なる熱力学的状態へ変化することを相転移といいます。たとえば、水が温度をさげて氷になる現象もこれにあたります。このような有限温度の相転移は熱揺らぎによりますが、それとは異なり、相転移が絶対零度で量子力学的な揺らぎによって引き起こされるとき、これを量子相転移といい、量子相転移が起こる相空間の点を量子臨界点と呼びます。量子臨界点では、量子相転移に関わる物理量が発散し、特異点の一つになっています。また量子臨界点近傍で物質が示す異常な性質は、量子臨界現象と呼ばれます。量子相転移は、磁場や圧力を加えたり、新たな化学物質を添加する等、温度以外の熱力学量を変化させることで引き起こされます。
3 高温超伝導 / 非従来型超伝導
従来のBCS(バーディーン・クーパー・シュリーファー)理論では説明できない高い転移温度を持つ超伝導。1986年にベドノルツとミュラーが銅酸化物セラミックスを母体とする物質で発見して以来、工業的な応用の重要性もあり、爆発的に研究が行われてきました。そのメカニズムにおいて、電子間の強い相互作用が、重要な役割を果たしていると考えられ、とりわけ量子臨界にかかわる磁気揺らぎがその起源にかかわっていると議論されています。一般に、BCS理論で説明のできない超伝導を非従来型超伝導と呼び、重い電子系が示す超伝導もその仲間です。特に、重い電子の超伝導は量子臨界点近傍で生じるものが多く、従来のBCS型超伝導に見られた結晶格子の揺らぎではなく、量子臨界点に起因した電子の持つ磁石(スピン)や電荷(価数)の揺らぎが重要であると考えられています。

論文のより詳細な情報は以下となります。
Science Vol.331 P.316-319 (2011) (1月21日号)

また、関連した内容は以下のURLにおいても公開しております。
http://satoru.issp.u-tokyo.ac.jp/research_YbAlB4.html

fig1
図1:A) β-YbAlB4の結晶構造。B) β-YbAlB4の結晶の写真。

fig2
図2:超伝導相外部の幅広い温度、磁場領域(挿入図参照)で測定された磁化(物質に磁場をかけた時にどの程度磁気を帯びるかを表す熱力学量)が、横軸を“温度と磁場の比”、縦軸を“磁化の温度微分に磁場の1/2乗を掛けた量”としたとき、単一の曲線上にきれいに乗ります。このことは、量子臨界点近傍の物質の性質が、磁場と温度の比のみで決定されること、量子臨界点がちょうどゼロ磁場に存在することを意味します。

fig3
図3:量子臨界相の概念図。超伝導によって隠された相空間の領域内部で、ある圧力範囲にわたって特異点が広がり線となることで、量子臨界相が形成されている様子を表しています。β-YbAlB4において、このような状態が実現している可能性が考えられます。

 

 




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