新東京大学大学院領域創成科学研究科
ミトコンドリアにおける新たな翻訳因子の発見

発表者 

竹内野乃(富田野乃)
東京大学 大学院新領域創成科学研究科メディカルゲノム専攻 助教
上田卓也
東京大学 大学院新領域創成科学研究科メディカルゲノム専攻 教授

発表概要

 ヒトのミトコンドリアの蛋白質の合成工場であるリボソームが再生される仕組みを、明らかにしました。この再生のプロセスはミトコンドリア独自のものであり、今回発見された新しい翻訳因子は、すべての生物の基本である蛋白質合成の仕組みを解き明かす大きな糸口となります。ミトコンドリアの蛋白質合成が、様々な病気や老化、また薬剤による副作用に関係していることが、近年明らかにされつつあります。本研究の成果は、疾患の新しい診断方法や治療方法の開発、抗生物質や抗がん剤のデザインなどの応用にも役立つとして期待されます。

発表内容

<研究の背景>

 ミトコンドリアの機能異常によって起きるヒト疾患の総称は「ミトコンドリア病」と呼ばれ、日本における遺伝子病の中では最も患者数が多いといわれています。ミトコンドリアは細胞におけるエネルギーを生産するばかりでなく、細胞分化や細胞死の制御も司る多機能な細胞内小器官であり、さらにミトコンドリアは赤血球以外の全ての細胞に存在していることから、神経変性疾患、癌化、心筋症など、およそあらゆるヒト疾患の発症と関連しています。
さらに、ミトコンドリアにおける蛋白質合成系(注1)の異常が原因となっている疾患が近年相次いで報告されています。また難聴や骨髄抑制などの薬剤による副作用は、薬剤がミトコンドリアのリボソームに誤作用した結果であることもしめされました。ミトコンドリアにおける蛋白質合成の仕組みを理解することが医療面で重要となりつつあります。本研究では特にリボソームの再生機構(注2)に焦点を当ててその解明に取り組みました。

<研究成果の概要>

 翻訳伸長因子G(EF-G)は、原核細胞の蛋白質合成において中心的な役割をはたしている翻訳因子のひとつです。EF-G は、翻訳伸長過程におけるトランスロケーション反応とリボソーム再生過程におけるリボソーム解離反応、の二つの反応を兼担するという点で非常にユニークな翻訳因子です。今回、哺乳類ミトコンドリアにおけるリボソームの再生過程を調べたところ、ミトコンドリアにおけるトランスロケーション反応とリボソーム解離反応は別々の翻訳因子(EF-G1mtおよび EF-G2mt)によって分担されていることが分かりました(図1)。EF-G1mtとEF-G2mtはともに原核細胞のEF-Gに対応する分子であると推測されていました。しかしEF-G2mtは、翻訳伸長過程のトランスロケーションには関与せず、リボソーム再生過程のみに関わる新規な翻訳因子であることが分かり、その名称をRRF2(リボソーム再生因子2)と改めることを提唱しました。またEF-G2mt/RRF2mtの作用機構を詳細に調べたところ、原核細胞のEF-Gによるリボソーム再生機構とは違い、EF-G2mt/RRF2mtによるGTPの 加水分解はリボソーム解離反応自体には必要がなく、反応後にEF-G2mt/RRF2mtがリボソームから解離するために必要なことも明らかになりました。

<研究の意義>

 哺乳類ミトコンドリアにおけるリボソームの再生機構の解析から、新規な翻訳因子EF-G2mt/RRF2mtを見いだしました。EF-G2mt/RRF2mtの発見は、蛋白質合成系における中心的な翻訳因子の役割についての常識を覆すもので、これまでの教科書の記述も修正が必要になります。現在世界で活発に研究が進められている翻訳因子の作用機序や機能構造の研究に大きな影響を与えるとともに、蛋白質合成系の進化についても新しい視点を提供しました。
 今後、ミトコンドリア蛋白質合成系のメカニズムの全容を詳しく解明してゆくことは、医療応用の観点から重要です。実際今回は、原核細胞のリボソームの再生に関わる因子がミトコンドリアのそれとは大きく異なる性質をもつことが明確になり、ヒト細胞にダメージを与えない理想的な抗生物質の標的となることが分かりました。

発表雑誌

 米国科学誌『Molecular Cell』 2009年8月28日発行号
“EF-G2mt is an Exclusive Recycling Factor in Mammalian Mitochondrial Protein Synthesis”
Masafumi Tsuboi, Hiroyuki Morita, Yusuke Nozaki, Kenta Akama, Takuya Ueda, Koichi Ito, Knud H. Nierhaus, and Nono Takeuchi

問い合わせ先

竹内野乃(富田野乃)TEL: 0471-36-3648 FAX:0471-36-3648
東京大学 大学院新領域創成科学研究科メディカルゲノム専攻 助教
上田卓也
東京大学 大学院新領域創成科学研究科メディカルゲノム専攻 教授

用語解説

(注1)ミトコンドリアの蛋白質合成系:
ミトコンドリアは核とは別に独自のDNA(mtDNA)を有しており、このmtDNAにコードされた蛋白質を合成するための独自の蛋白質合成系をもっています。ミトコンドリアは細菌の共生が起源と考えられていて、ミトコンドリアの蛋白質合成系の仕組みは、原則的には原核細胞のものに類似しています。
(注2)リボソームの再生機構:
細胞における蛋白質合成はリボソーム上で行われ、リボソームはいわば蛋白質の合成工場といえます。蛋白質合成は4つのステップ(開始、伸長、終結、リボソーム再生)から成ります。EF-GとRRFが協同的に働いて、翻訳終結後のリボソーム複合体をばらばらにするのが、リボソーム再生ステップです。次の翻訳サイクルにリボソームが再利用されるにはかならずこの過程を経なくはなりません。

添付資料

添付1
(図1)原核細胞と哺乳類ミトコンドリアにおける翻訳伸長過程(トランスロケーション)とリボソーム再生過程の比較。
、原核細胞では、EF-G(黄色)はトランスロケーションとリボソーム解離反応の両方を担います。またリボソーム再生過程において、EF-G による GTP 加水分解は リボソームの解離反応に必要です。 右、哺乳類ミトコンドリアでは、EF-G1mt (青)はトランスロケーションのみを担い、 EF-G2mt/RRF2mt (赤)はリボソーム解離反応のみを担います。 EF-G2mt/RRF2mt による GTP 加水分解はリボソームの解離反応自体には必要なく、反応後EF-G2mt/RRF2mt がリボソームから解離するために必要です。




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