メタゲノム解析によるヒト腸内フローラの全貌解明
概要

メタゲノム解析法を用いて、健康な日本人(13名)の腸内細菌叢のもつゲノム/遺伝子情報を解析した。この解析から、腸内細菌叢の菌種組成、特異的な機能、大人と乳児(年齢)の違い、個人差などについての知見を得た。これらの成果は、健康増進及び疾病予防をめざした食の安全性評価や機能性付与、食と疾病の関係、健康診断法、病気におけるバイオマーカーの開発などに繋がると期待される。

発表内容

ヒトの腸内に常在する細菌群(細菌叢;フローラ)はヒトの健康と病気におおきく関係していることが知られている。ビフィズス菌や大腸菌などは腸内細菌叢を構成する代表的な細菌であるが、その構成細菌種は1000菌種にのぼっており、その全体像やこれらが担う生理的役割や働きはほとんど知られていない。その理由の一つは大部分の細菌が個別に培養できない菌種であるところによると考えられている。
本研究では、細菌の培養を必要としないメタゲノム解析を駆使することによって、健康な日本人(離乳前乳児4名、離乳後幼児2名、成人7名の年齢が3ヶ月から40歳代の男女計13名、うち3及び4名からなる2家族を含む)の腸内細菌叢のゲノムDNAを抽出し、そのゲノム解析(ゲノム配列の決定とコンピュータ解析)を行った。この解析から、2〜6万個の腸内細菌遺伝子/個人を同定し(計約66万個の遺伝子、うち新規遺伝子は全体の25%)、この遺伝子及び配列情報から腸内細菌叢の菌種組成、特異的に増えている機能、大人と乳児(年齢)の違い、個人差などについて解析を行った。
その結果、
1)離乳前乳児と離乳後(成人も含む)の間で遺伝子及び菌種組成が著しく変化する。
2)成人及び離乳後幼児の腸内細菌遺伝子とこれ以外の環境(海洋や土壌)に棲む細菌遺伝子の比較から、腸内フローラに特徴的な遺伝子群を見いだした。これらには、食物中に含まれる多糖類の分解、DNAの修復、殺菌性物質に対抗する防御などに関わる遺伝子が含まれる。一方、離乳前乳児では、多糖類を分解する遺伝子よりも、母乳等に多く含まれる低分子の糖類やビタミン等を取り込む遺伝子群が有意に増えていた。
3)すべての腸内フローラには、接合型トランスポゾン(動く遺伝子)に関連した遺伝子群が特徴的に増幅していた。このことは、腸管内が細菌間の頻度高い遺伝子水平伝播の「場」であることを裏付けている。たとえば、ひとたび抗生物質耐性遺伝子をもった細菌が腸内に侵入すると、接合型トランスポゾンを介して、この抗生物質耐性の他菌種への高速な伝播が腸管内で起こる可能性があることが示唆される。
4)家族内(夫婦間や親子間)における腸内フローラは必ずしも似ていないことがわかった。これまで、親から子供への細菌の伝播が言われて来たが、このような伝播を示す証拠は得られず、個人には個人独自のフローラが形成されるようである。
5)これまで解析されてきた約40菌種の常在菌(大腸菌など)のゲノム情報をリファランスとして用いたメタゲノムデータのマッピング解析から、約80%の細菌種がいまだ未解析(未発見)であることが示唆された。つまり、メタゲノムデータの約80%がこれら既知常在菌ゲノムにマップされなかった。
以上の成果は、高齢化社会を迎えている我が国の健康増進及び疾病予防をめざした食の安全性評価や機能性付与、食と疾病の関係、健康診断法、病気におけるバイオマーカーの開発などに繋がると期待される。また、本研究で得られたメタゲノム配列/遺伝子情報(66万個の遺伝子及び約730Mbの配列データ:これらのデータは2007年10月18日に公的データバンクDDBJから世界にリリースされる)は世界最大であり、現在日欧米で計画されている国際ヒト常在菌叢ゲノムプロジェクト(Human Microbiome Project)の先陣をきるものである。この国際プロジェクトでは、より大規模な健康フローラ情報の蓄積とともに、大腸がんやアレルギー等の生活習慣病のフローラの解析も進め、ヒト常在菌と疾病の関係を明らかにすることを目的としている。

ヒトの常在菌

発表雑誌

DNA Research, in press, 2007 (online版、2007年10月4日リリース)
Comparative Metagenomics Revealed Commonly Enriched Gene Sets in Human Gut Microbiomes.
Ken Kurokawa, Takehiko Itoh, Tomomi Kuwahara, Kenshiro Oshima, Hidehiro Toh, Atsushi Toyoda, Hideto Takami, Hidetoshi Morita, Vineet K. Sharma, Tulika P. Srivastava, Todd D. Taylor, Hideki Noguchi, Hiroshi Mori, Yoshitoshi Ogura, Dusko S. Ehrlich, Kikuji Itoh, Toshihisa Takagi, Yoshiyuki Sakaki, Tetsuya Hayashi & Masahira Hattori.

問い合わせ先
服部 正平(東京大学大学院新領域創成科学研究科 情報生命科学専攻 教授)
Eメール:hattoriatk.u-tokyo.ac.jp

用語解説
細菌:
細菌(バクテリア)はヒトの口腔内,腸内,皮膚などに健康状態によらず存在するだけでなく,河川,海洋,土壌など地球環境の至るところに存在することから,生命を含めた地球環境の根幹を形成していると言っても過言ではありません.
腸内フローラ(腸内細菌叢):
ヒトや動物の体内にはさまざまな細菌が住みついています。たとえば、ヒトの腸内には約1000種、個数にして数百から1000兆個、重さにしてヒト一人に対して約1kgの細菌が棲んでいます。これら細菌集団(群集)をフローラと言います。ヒトでは、腸管の他に、口腔、鼻腔、膣、皮膚にもそれぞれに独特なフローラが存在しています。
メタゲノム解析:
これまで細菌のゲノム解析では、細菌集団から個別の細菌を分離培養して、それぞれのゲノム配列の決定と配列情報のコンピュータ解析が行われてきました。しかし、ほとんどの細菌は一菌種ごと分離して実験室で培養(増やす)ことが現在の技術では大変むずかしく、分離培養が可能で解析できる細菌はごく一部でしかありません。そこで、これらを分離培養せず細菌集団のままゲノム解析するメタゲノム解析が開発されました。この方法によって、分離培養が困難な未知細菌も含めたその集団を構成する細菌種のゲノム/遺伝子情報をバイアスなく得ることが可能となりました。
遺伝子水平伝播:
遺伝子や遺伝的形質が,母細胞から娘細胞への遺伝ではなく,同世代の細胞,個体間に伝播すること.細菌はこのメカニズムを利用して,新しい形質や機能を獲得し,環境の変化に迅速に適応することができます.
トランスポゾン:
転位性遺伝因子,可動性遺伝因子と言い,ゲノム上のある部位から他の部位へ,また遺伝子の水平伝播により個体(細胞)から他の個体(細胞)へ転移するDNAの単位です.細菌の場合,トランスポゾンが,アンピシリンやカナマイシンなどの抗生物質耐性遺伝子などを運ぶ事が良く知られています.
 

 

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