記者発表

歯の表面に残されたミクロの傷から餌の性質が明らかに ーワニの給餌実験で探る傷と餌の関係 ー

投稿日:2022/10/28 更新日:2022/10/28
  • ヘッドライン
  • 記者発表

東京大学

発表のポイント

◆アメリカアリゲーターに特定の餌を一定期間与えたのち、歯の表面についたミクロの傷(マイクロウェア)を三次元的に分析することで、硬い餌を食べると歯に深く複雑な傷が残されることを明らかにしました。
◆実験の困難な肉食爬虫類(ワニ)で餌をコントロールした給餌実験を世界で初めて実施し、餌とマイクロウェアの関係を明らかにしました。
◆本研究で得られたマイクロウェアと餌の関係は、マイクロウェア分析による肉食恐竜の食性推定を進める上での重要なステップとなることが期待されます。

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科のダニエラ・ウィンクラ特別研究員(日本学術振興会外国人特別研究員)、久保麦野講師、久保泰特任研究員(研究当時/現所属:沖縄科学技術大学院大学スタッフサイエンティスト)、クレムソン大学の飯島正也研究員(日本学術振興会特別研究員/現所属:王立獣医科大学)とリチャード・ブロッブ教授(注1)の国際共同研究グループは、アメリカアリゲーターの飼育実験を通じ、硬い餌を食べると歯の表面に深く複雑な傷が残されることを明らかにしました。
研究グループは、クレムゾン大学で飼育されている5匹のアメリカアリゲーター(以下、ワニ)に、4カ月間異なる餌(爬虫類用ペレット、魚、ウズラ、ラット、ザリガニ)を与え、その期間中に抜け落ちた歯を全て回収し、東京大学にある共焦点レーザー顕微鏡(注2)で表面に形成されたミクロレベルの傷(マイクロウェア)を観察しました。
その結果、ザリガニやラットを食べていたワニの歯の表面には深い傷が形成されていたのに対し、魚やウズラを食べていたワニでは傷が少なく、ペレット食では全く傷が形成されていませんでした。このことから、硬い餌ほど歯の表面に深い傷をつけることが明らかになりました。
ワニという肉食の大型動物で餌とマイクロウェアの関係を明らかにできたことで、今後、肉食恐竜の歯からの食性推定へ研究が展開すると期待されます。
この成果は、英国夏時間で10月27日にFrontiers in Ecology and Evolutionに掲載されました。

発表内容

研究の背景
絶滅した動物の食べていたものの推定には、化石に残された証拠が用いられます。例えば恐竜では、歯の形や頭骨や体の骨の作りから、肉食や草食といった食性が推定されてきました。その中で近年、歯の表面に残されるミクロレベルの傷(マイクロウェア)が食性の重要な指標として注目されています。
マイクロウェアは食べ物と歯が直接に触れあって形成されるため、マイクロウェアの特徴には生前の餌の特性が反映されます。例えば霊長類では、ナッツなどの堅果を食べている種では歯の表面に細かな窪みが多く形成され、一方で木の葉を食べている種では線状の傷が多数形成されます。1980年代以降、電子顕微鏡で撮影した写真から、こうしたマイクロウェアの特徴が調べられてきました。
近年、工学分野との融合により、共焦点顕微鏡を用いてマイクロウェアを三次元的に計量する「三次元マイクロウェア形状分析」が発展しており、古生物学や古人類学で盛んに適用されています。一方で、この手法を絶滅動物に適用するには、餌が明らかな動物でどのような特徴のマイクロウェアが形成されるかを明らかにしなければなりません。こうした観点から、餌をコントロールした飼育実験は主に草食哺乳類(モルモット、ウサギ、ヒツジなど)を用いて行われてきました。しかしながら、大型肉食動物や哺乳類以外の動物では飼育実験の困難さから、マイクロウェアと餌の関係を調べる実験はこれまで取り組まれてきませんでした。

研究の内容
本研究グループは、アメリカ・クレムソン大学で研究のために飼育されていたアメリカアリゲーター5匹に性質の異なる5種類の餌を4カ月にわたって与え続け、餌の違いがどのようにマイクロウェアに反映されるのかを調べました。5匹のアリゲーターは、実験開始前は爬虫類用のペレットを与えられていました。給餌実験では、引き続きペレットを与える1個体、魚、ウズラ、ラット、ザリガニのそれぞれを与える4個体を設定しました。5匹のアリゲーターはそれぞれ別の水槽で飼育されており、水槽の掃除の際に、抜け落ちた歯を全て回収しました。合計で55本の歯を回収することができ、アリゲーターたちが餌を食べる様子もビデオで撮影しました(動画1-5)。

動画1 爬虫類用ペレットを食べる様子
https://drive.google.com/file/d/14Lhd2XGenbuCSsJmOGQYuQCXl67leeGp/view?usp=sharing

動画2 魚を食べる様子
https://drive.google.com/file/d/1xPPNwUQddkSrpBlNVz34JLMFDEy2lqqS/view?usp=sharing

動画3 ウズラを食べる様子
https://drive.google.com/file/d/10O6HS3lUq1cjk77dHWXnLCa_xf4Vwrxo/view?usp=sharing

動画4 ラットを食べる様子
https://drive.google.com/file/d/1l2Gh3Vw-SLe70iE04dPHhuhS2aKlo_rw/view?usp=sharing

動画5 ザリガニを食べる様子
https://drive.google.com/file/d/1D6J3Kl1GCM8uvklE19cC0KNkmg-nx2rw/view?usp=sharing


回収された歯は東京大学に送られ、共焦点レーザー顕微鏡で表面のミクロの傷を観察しました。100µm×100µmの視野領域で、歯の表面の起伏の三次元情報(x、y、z座標)を取得し、得られた三次元データから表面の粗さや複雑さの示標を求めました。
歯の三次元表面モデルから、実験前でペレットを食べていた時期の歯の表面にはほとんど傷が残っていないことが分かりました(図1)。ビデオでもアリゲーターたちはペレットを噛まずに丸呑みする様子が観察されました(動画1)。一方、魚、ウズラ、ラット、ザリガニを与えると、アリゲーターたちは咀嚼してから飲み込む様子が観察されました(動画2-5)。魚やウズラでは、傷はあまり多くはありませんでしたが、ラットやザリガニを与えられていたアリゲーターでは傷がより深く、多数の線状の傷が観察されました(図1)。こうした違いは、傷の複雑さを表すパラメータでも客観的に示されました(図2)。すなわち硬い餌を食べることで、深く複雑な傷が歯の表面に形成されることが定量的に明らかとなりました。

図1歯のマイクロウェアの三次元モデル.png
図1 歯のマイクロウェアの三次元モデル。視野のサイズは100µm×100µm。色は表面の高さを示しており、赤に近づくほど底面からの高さがある。下の段の視野像はペレットを食べている時期の歯の表面で、傷は全くついていない。上段は同じ個体がそれぞれの餌(シルエットで表示)を食べていた時の歯の表面である。ラットとザリガニを食べていた個体で、深い線状の傷がついているのが分かる。図の上下端に歯が採取された日を示している。

図2傷の複雑さを示すパラメータ.png

図2 傷の複雑さを示すパラメータ(Asfc)の値の餌グループ間での比較。ペレットを食べていたコントロール群(左端。灰色)では傷の複雑さが低いが、魚(青色)やウズラ(黄色)を食べていた個体ではやや値が大きくなる。ラット(赤色)とザリガニ(オレンジ色)ではさらに値が大きくなっており、表面に多数の傷が形成されていることが数値として表現されている。

考察と今後の展望
本研究により、ワニのように歯が一生生え変わり続ける爬虫類においても、食べた餌とマイクロウェアには密接な関係が存在することが明らかになり、歯のマイクロウェアから生前の餌を推定するための根拠となるデータを提示することができました。同じ「肉食」と言っても、餌のタイプでマイクロウェアの特徴は異なっていました。魚は骨を砕かずに飲み込むこともあり、傷はあまり形成されませんでした。またウズラの骨は軽く薄いため、歯の表面に深い傷をつけなかったと推定されました。一方、ラットは哺乳類で頭骨や体の骨が硬いため、これをかみ砕く際に深い傷がついたと考えられます。ザリガニは厚い外骨格を持つため、歯に多数の深い傷を形成させることが分かりました。
現生のワニは、肉食恐竜の生態を推定する上での比較対象として広く研究されてきました。この成果は、今後、肉食恐竜などの絶滅動物の食性や生態を解明する上での貴重な比較データになると考えられます。

研究サポート
本研究は、科研費「特別研究員奨励費(課題番号:20F20325)」「特別研究員奨励費(課題番号:19J00701)」の助成を受けて実施されました。


発表雑誌

雑誌名:「Frontiers in Ecology and Evolution」(オンライン版:10月27日)
論文タイトル:Controlled feeding experiments with juvenile alligators reveal microscopic dental wear texture patterns associated with hard-object feeding.
著者:D.E. Winkler*, M. Iijima, R. W. Blob, T. Kubo and M.O. Kubo
DOI番号:10.3389/fevo.2022.957725. 
アブストラクトURL:https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fevo.2022.957725/abstract


用語解説

(注1) クレムソン大学リチャード・ブロッブ(Richard Blob)研究室
https://sites.google.com/site/richardbloblab/

(注2) 共焦点レーザー顕微鏡
工業分野で表面粗さを測定するために利用される顕微鏡。
表面粗さとは、材料表面の微細な凹凸(ツルツル、ザラザラといった表面の特性)のことで、これを数値に表すことで工業製品の品質管理に役立てられてきた。表面粗さを測定できる機械には、探針で表面の凸凹を評価する接触式と、非接触式の粗さ測定器がある。後者の非接触式の測定器はレーザー光や可視光を用いて、光源から物体表面までの距離を測量しており、高い分解能とサンプルへのダメージがないことから、近年普及しつつある。歯の表面に形成されるマイクロウェアが、工業製品の表面粗さと同じ原理で定量的に評価できることが2000年代初頭に古人類学・古生物学で示され、「三次元マイクロウェア形状分析」が発展した。


関連研究室

久保研究室


お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

  • はてぶ
  • X
  • Facebook
  • LINE