記者発表

電子伝導性と製造プロセス性のいいとこ取り!高移動度かつ大面積塗布可能なn型有機半導体を開発

投稿日:2023/09/21 更新日:2023/09/22
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東京大学
筑波大学
北里大学
理化学研究所

発表のポイント

◆電子伝導性と大面積塗布をあわせ持つ新規n型有機半導体を開発しました。
◆分子に非対称に置換基を導入する分子模倣のコンセプトにより、既存の高性能n型有機半導体の結晶構造を保ちつつ、これまで難しかった有機溶媒への溶解性を向上させることに成功しました。
◆本成果により、プリンテッドエレクトロニクスと大面積エレクトロニクスとを結ぶ画期的な有機半導体材料の開発へと繋がります。

     

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の岡本敏宏准教授(研究当時、現・東京工業大学物質理工学院応用化学系教授)、ユー クレイグ ペイチ特任助教(研究当時)、熊谷翔平特任助教(研究当時、現・東京工業大学物質理工学院応用化学系特任准教授)、竹谷純一教授、筑波大学数理物質系の石井宏幸准教授、北里大学理学部の渡辺豪准教授(研究当時、現・北里大学未来工学部教授)、理化学研究所創発物性科学研究センターの橋爪大輔チームリーダーらの研究グループは、電子伝導性と大面積塗布をあわせ持つ新たな電子輸送性(n型)有機半導体(注1)の開発に成功しました。

パイ電子系分子(注2)からなる有機半導体は、室温付近の低温でのデバイス製造が可能なことからさまざまなデバイス応用が期待されています。多くのパイ電子系分子は有機溶剤に溶けやすいため、有機半導体は安価に大面積化が可能な塗布法(注3)により製膜することが可能です。このため、有機半導体はプリンテッドエレクトロニクス(注4)と大面積エレクトロニクス(注5)を結ぶ重要な電子材料と言えます。近年では、塗布法により数分子層厚の単結晶を大面積に製膜する技術が飛躍的に進んでおり、単結晶薄膜を用いた高性能な有機電界効果トランジスタ(Organic Field-Effect Transistor: OFET)への応用が研究されています。しかしながら、このような製膜技術に適した有機半導体は正孔(注6)輸送性(p型)材料であり、これまでn型有機半導体では実現していませんでした。

今回、研究グループは、以前に報告した高性能なn型有機半導体PhC2−BQQDIに着目しました(T. Okamoto et al., Science Advances 2020, https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/news/8321.html)。
PhC2−BQQDIは電子伝導性に優れる一方、種々の有機溶媒に対して溶解性が低く、塗布法による大面積な単結晶の製膜に課題がありました。単結晶が示す移動度は結晶構造(注7)に大きく依存するため、PhC2−BQQDIと同様の結晶構造を保ちつつ、溶解性および塗布法への適合性を向上する分子設計が求められていました。
研究グループは、分子に非対称に置換基を導入する合成手法を開発し、結晶構造中でPhC2−BQQDIの分子構造を模倣する新規n型有機半導体を開発することで、大面積塗布法に対する適性と、優れたOFET性能とを両立する新規n型有機半導体PhC2−BQQDI−C5を開発しました(図1)。

本研究成果により、プリンテッドエレクトロニクスと大面積エレクトロニクスとを結ぶ有機半導体材料の開発を加速することで、安価で環境に優しいハイエンドデバイスの開発や、未利用エネルギーを有効活用するエネルギーハーベスト(注8)などへの展開が期待できます。

本研究成果は、2023年9月15日付でドイツの科学雑誌「Advanced Science」のオンライン速報版で公開されました。

     

図1分子設計コンセプト.png

図1 非対称置換体PhC2−BQQDI−C5の分子設計コンセプト

     

発表内容

〈研究の背景〉
弱くて可逆的な分子間力によりパイ電子系分子が結びついた固体である有機半導体は、優れた軽量性や、室温付近の低温で塗布法による製膜が可能であることから、次世代のプリンテッドエレクトロニクスにおける鍵材料として期待されています。
有機半導体は分子軌道(注9)の弱い重なりを介して電荷輸送が行われます。IGZO半導体(注10)の電荷移動度(移動度、注11)が10 cm2 V-1 s-1程度であることに対し、有機半導体では1 cm2 V-1 s-1を下回る移動度であることが多く、実際のデバイス応用においてネックになっていました。

一方で、広範囲で分子が規則正しく整列した単結晶を用いることで、有機半導体の高移動度化が実現されています。近年では、有機半導体分子を溶かした溶液を塗ることで大面積の有機半導体単結晶を製成し、高性能OFETを開発する研究も盛んです。ただし、このような研究では正孔を輸送するp型有機半導体が主役であり、塗布法への親和性から移動度に至るまで、n型有機半導体での開発はp型有機半導体に比べ大幅に後れを取っています。したがって、高移動度かつ有機溶媒への溶解性を両立するn型有機半導体の開発は、次世代デバイス技術の発展において喫緊の課題です。

     

〈研究の内容〉
今回、研究グループは、以前に報告した高性能なn型有機半導体PhC2−BQQDIに着目しました。PhC2−BQQDIの結晶構造では、2つのフェネチル基が重要な役割を担います。本研究では、一方をより柔軟なアルキル基に置き換えることで、結晶構造制御を担うフェネチル基と溶解性の向上を担うアルキル基とが協同的に機能し、大面積塗布法に対する適性と優れたOFET特性とを兼ね備えた有機半導体を開発できるのではと考えました。

そこで、研究グループは、異なる置換基を持つ非対称な分子を合成するため、フェネチル基とアルキル基を逐次的に導入する新規合成法を考案しました。この手法により、フェネチル基および長さの異なるアルキル基を導入して結晶構造解析をおこなったところ、炭素数5を持つPhC2−BQQDI−C5において興味深い結果が得られました。アルキル基はさまざまなコンホメーション(注12)を取り得ますが、この場合では、炭素数5のアルキル基は対岸のフェネチル基の一部を模倣したコンホメーションとなることがわかりました(図2)。
すなわち、結晶中で、PhC2−BQQDI−C5分子はPhC2−BQQDIを分子模倣した形で存在しており、そのため、結晶構造全体でよく似た規則構造を形成することが明らかになりました。これは、フェネチル基と同程度の長さを持つアルキル基を導入することで発見された現象です。

     

図2単結晶中の分子構造.png

図2 単結晶中のPhC2−BQQDI−C5の分子構造

     

さらに、溶解性の向上に加え、規則正しい結晶構造を実現できたことで、PhC2−BQQDI−C5を用いることで塗布法による大面積単結晶の製膜が可能となりました(図3)。現在のところ、数ミリメートルからセンチメートル級の大きさを持つ単結晶を製膜することに成功しており、OFETを作製し評価することで、大気下で1 cm2 V-1 s-1を超える移動度を観測しました。さらに、柔軟なアルキル基を導入したにも関わらず、PhC2−BQQDI−C5から成るOFETはPhC2−BQQDIと同様に優れた大気安定性や熱ストレス耐性をも示しました。したがって、分子模倣を上手く取り入れることで、本来柔軟なものを堅牢にすることが可能であり、実用性に優れた有機半導体材料に有用であることを明らかにしました。

     

図3単結晶薄膜と結晶構造.png

図3 塗布法によるPhC2−BQQDI−C5大面積単結晶薄膜と、対応する結晶構造

     

〈今後の展望〉
分子模倣のコンセプトにより、電子伝導性と塗布プロセス性とのいいとこ取りを叶えるさらに高性能な有機半導体材料の開発が期待されます。また、塗布法による大面積単結晶の作製が進展することで、プリンテッドエレクトロニクスと大面積エレクトロニクスとの懸け橋となり、多様なハイエンドデバイスや、未利用エネルギーを活用するエネルギーハーベストなど、有機エレクトロニクス分野の研究開発を加速することが期待されます。

     

〈関連のプレスリリース〉
世界初!大気・熱・バイアスストレス耐性を有する 高信頼性かつ高移動度電子輸送性有機半導体材料の開発に成功(2022/5/2)
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/news/8321.html

     

〈研究助成〉
本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域 「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」
(研究総括:谷口 研二 大阪大学 名誉教授、研究副総括:秋永 広幸 産業技術総合研究所 ナノエレクトロニクス研究部門 総括研究主幹)
研究課題 「有機半導体の構造制御技術による革新的熱電材料の創製」
研究者      岡本 敏宏(東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授)
研究期間  平成29年10月~令和3年3月

戦略的創造研究推進事業(CREST)
研究領域 「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」
(研究総括:谷口 研二 大阪大学 名誉教授、研究副総括:秋永 広幸 産業技術総合研究所 ナノエレクトロニクス研究部門 総括研究主幹)
研究課題 「バンド伝導性有機半導体を用いたハイブリッド型環境発電素子の開発」
研究者      岡本 敏宏(東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授)
研究期間  令和3年4月~令和5年3月

戦略的創造研究推進事業(CREST)
研究領域 「未踏探索空間における革新的物質の開発」
(研究総括:北川 宏 京都大学 教授)
研究課題 「電子閉じ込め分子の二次元結晶と汎用量子デバイスの開発」
研究者      竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
研究期間  令和3年10月~令和7年3月

     

発表者

東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻
 岡本 敏宏 (研究当時:准教授)
 ユー クレイグ ペイチ (研究当時:特任助教)
 熊谷 翔平 (研究当時:特任助教)
 竹谷 純一(教授)<マテリアルイノベーション研究センター(MIRC)特任教授 兼務/
物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA)MANA主任研究者(クロスアポイントメント)>

筑波大学 数理物質系
 石井 宏幸(准教授)

北里大学 理学部
 渡辺 豪(研究当時:准教授)<北里大学未来工学部 教授>

理化学研究所 創発物性科学研究センター
 橋爪 大輔(チームリーダー)

     

論文情報

〈雑誌〉Advanced Science
〈題名〉Asymmetrically Functionalized Electron-Deficient π-Conjugated System for Printed Single-Crystalline Organic Electronics
〈著者〉Craig P. Yu, Shohei Kumagai, Michitsuna Tsutsumi, Tadanori Kurosawa, Hiroyuki Ishii, Go Watanabe, Daisuke Hashizume, Hiroki Sugiura, Yukio Tani, Toshihiro Ise, Tetsuya Watanabe, Hiroyasu Sato, Jun Takeya, Toshihiro Okamoto*
〈DOI〉10.1002/advs.202207440
〈URL〉https://doi.org/10.1002/advs.202207440

     

用語解説

(注1)電子輸送性(n型)有機半導体:電子(エレクトロン)が電荷を運ぶキャリアである有機半導体のこと。

(注2)パイ電子系分子:炭素原子による主骨格を有し、一重結合と二重結合が交互に連なった共役二重結合を持つ化合物。

(注 3)塗布法:インクで紙に文字を印刷するように、有機溶媒に溶かした有機半導体を基板の上に印刷して半導体膜を形成する手法。有機半導体における最大の強みの一つであり、安価で大量生産が可能となる。

(注 4)プリンテッドエレクトロニクス:インクジェットプリンタのような印刷プロセスによって電子デバイスを作製するエレクトロニクス技術のこと。これを実現する材料として、有機溶媒に溶け、固体が柔らかい有機半導体が注目されている。

(注 5)大面積エレクトロニクス:広範囲の物体表面にセンターやディスプレイ、論理回路などを搭載し利用するエレクトロニクス技術のこと。印刷プロセスを組み合わせて、柔らかいシート状の物体を利用することができるため、有機半導体デバイスの活用が期待される。

(注 6)正孔:半導体の中で電子が抜けて正電荷を帯びた孔を仮想的に正電荷の粒子と見なしたもの。ホールとも言う。

(注 7)結晶構造:原子や分子が規則的に並んだ固体(結晶)中の原子や分子の配置構造。

(注 8)エネルギーハーベスト:環境中に存在する光、熱、振動、電波などのエネルギーを電力に変換すること。

(注9)分子軌道:分子内を運動する電子の空間分布を表す。有機半導体では、隣接する分子との分子軌道の重なりを介して電荷が伝導する。

(注 10)IGZO半導体:インジウム(Indium)-ガリウム(Gallium)-亜鉛(Zinc)を含む酸化物(Oxide)半導体の略称。ディスプレイを駆動する回路基板などに用いられている。

(注 11)移動度(電荷移動度):正孔もしくは電子の電荷1個あたりの伝導率であり、半導体中における電荷の移動しやすさの指標となる。値が大きいほど伝導しやすいことを意味する。易動度と表記される場合もある。

(注12)コンホメーション:アルキル鎖などで見られる、単結合周りの回転によって取り得る原子の特定の配置のこと。

     

関連研究室

竹谷・渡邉・玉井研究室

     

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

     

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