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電場で誘起される旋光性を用いて 結晶に内在する「時計回り、反時計回り」構造の空間分布を可視化

発表のポイント 

◆結晶に内在する「時計回り、反時計回り」構造の共存状態(強軸性ドメイン)を可視化 
◆強軸性ドメインを光学的に観測する手法を確立 
◆強軸性物質を用いた新規な光学素子などの開発に期待 

発表概要: 

東京大学大学院新領域創成科学研究科、同大学院工学系研究科、東北大学多元物質科学研究所、同学際科学フロンティア研究所、株式会社村田製作所の共同研究グループは、結晶に内在する「時計回り、反時計回り」構造の共存状態(強軸性ドメイン)を可視化することに成功しました。 
結晶構造に内在する原子配置の回転歪みで特徴づけられる秩序を持つ物質は「強軸性」(注1)物質と呼ばれ、左右2つの回転状態を識別・制御することで強磁性体(注2)や強誘電体(注3)などのようにメモリや光学素子といった応用への可能性が期待できます。しかしながら、強軸性物質においては、強磁性体や強誘電体などに共通して現れるドメイン(注4)の観測はこれまで報告がありませんでした。 
本研究では、電場変調イメージング技術(注5)を応用した光学的手法および走査型透過電子顕微鏡(STEM、注6)と収束電子回折(CBED、注7)を組み合わせた手法によって、強軸性ドメインを可視化することに初めて成功しました。強軸性ドメイン観測を可能とする測定手法が確立されたことにより、新たな物性としての強軸性に関する研究が加速し、さらには強軸性物質を用いた新規な光学素子などの開発につながることが期待されます。 

発表内容: 

① 研究の背景 
強磁性、強誘電性に代表される強的(ferroic)秩序物性は、長年にわたり盛んに研究が行われ、メモリや光学素子を始めとして様々なデバイスに応用されています。近年、これら既存の強的秩序物性に加わる新たな秩序物性として、「強軸性(ferroaxial)」と呼ばれる秩序物性が提案されています。この秩序状態は結晶内の原子配置の回転歪みによって特徴付けられるものであり、その秩序変数の符号は回転の向き(時計回り、反時計回り)によって決定されます
(図1結晶構造図を参照)。強軸性秩序は、強誘電性と強磁性の両方の性質を併せ持つマルチフェロイック物質(注8)における電気磁気結合現象などの様々な現象と深く関連することが議論されており、その性質を解き明かすことは新たな多機能物質の開拓につながるものと期待されます。しかしながら、強軸性秩序を有する物質や、また、それを調べるために有効な測定手法は限られており、その研究はこれまであまり注目されてきませんでした。強磁性体や強誘電体など強的秩序物質においては磁化や分極といった秩序変数の不均一空間構造(ドメイン構造)が現れ、その外場応答の詳細を知ることはこれら物質の巨視的な物性・機能を理解・開拓するうえで重要です。一方、強軸性ドメイン状態、すなわち時計回りと反時計回りの回転構造の空間分布はこれまでのところ直接的に観測されたことはありませんでした。 

② 研究内容 
本共同研究グループは、強軸性秩序が発現する物質としてニッケルとチタンを含む酸化物NiTiO3に着目しました。同物質においては、図1の結晶構造図に示すように酸素原子位置が遷移金属原子の位置に対して時計回りまたは反時計回りに回転した2つの構造が共存すること、すなわち強軸性ドメインの発現が予想されます。そこで同物質の単結晶試料を作製し、電場印加によって旋光性(注9)が誘起される「電気旋光効果(electrogyration)」という現象を用いた光学的な手法を用いて、強軸性ドメインの空間分布の可視化を試みました。結晶対称性の要請から、符号の異なる強軸性ドメイン間では電場で誘起された旋光角が互いに逆向きになることが予想されます。このことを利用することにより、試料全体に電場を印加したときに誘起される旋光角の空間分布を調べることで、強軸性ドメインを可視化することが可能となります。 
同手法による観測結果を図2に示します。赤と青のコントラストが強軸性ドメイン構造に対応するものとなっています。NiTiO3で観測される電場誘起の旋光角は10-5 °/V程度と微小であったため、微小な透過率変化の空間分布を高感度に検出することを可能とする電場変調イメージング技術を応用することにより強軸性ドメインの観測を実現しました。この手法では空間分解能はμmスケールですが、偏光顕微鏡を使った簡単な測定原理に基づいて、結晶中の広い領域におけるドメイン構造を可視化することができます。 
さらに、上記の結果を補完する測定として、走査型透過電子顕微鏡(STEM)と収束電子回折(CBED)を組み合わせた手法により3次元的な原子配列を直接調べることで、より高い空間分解能での強軸性ドメインの観測を試みました。この手法により得られた強軸性ドメインの空間分布を図3に示します。図3上図は通常のSTEM像で、強軸性ドメインのコントラストは観察できません。図3下図に数十ナノメートルスケールの領域のSTEM-CBED像を示しますが、白と黒の領域がそれぞれ時計回り、反時計回りドメインに対応しており、ピコメートルスケールの回転構造の歪みをナノメートルスケールの空間分解能で強軸性ドメインを観察することに成功しました。 
本研究によって、これら2つの相補的な測定手法が従来報告されたことのない強軸性秩序とそのドメイン構造を観測するための強力な測定ツールになりうることが実証されました。 

③ 今後の展望 

本研究により、電気旋光効果を用いた光学的手法が強軸性秩序の観測、さらにはそのドメイン構造を可視化する有効な手段となり得ることが明らかとなりました。本研究は、偏光顕微鏡を使った比較的簡便な測定原理に基づいて強軸性ドメインの空間分布を可視化した初めての例であり、本研究を契機として「強軸性(ferroaxial)」と呼ばれる新しいタイプの強的秩序物性・機能の研究がさらに盛んになることが予想されます。今後、強軸性秩序の秩序変数の制
御を可能とする外場を明らかにし、その制御を実証することで、強磁性や強誘電性など従来の強的秩序物性と同様に、強軸性秩序が新規なメモリや光学素子などといった応用への展開が期待されます。 
なお本研究は、科学研究費補助金 新学術領域研究「量子液晶の物性科学」(JP19H05823)、科学研究費補助(JP17H01143, JP19H05823, JP18H03674, JP18K18931, JP19K14623, JP19H01847)、文部科学省科学技術人材育成費補助金(卓越研究員事業)、JST戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR18J2)の助成のもと行われました。 

発表雑誌: 

雑誌名:「Nature Communications」(9月11日オンライン版) 
論文タイトル:Visualization of ferroaxial domains in an order-disorder type ferroaxial crystal 
著者:T. Hayashida, Y. Uemura, K. Kimura, S. Matsuoka, D. Morikawa, S. Hirose, K. Tsuda, T. Hasegawa, and T. Kimura 
DOI番号:10.1038/s41467-020-18408-6 

発表者: 

林田 健志(東京大学大学院新領域創成科学研究科 修士課程2年) 
上村 洋平(東京大学大学院工学系研究科 博士課程3年) 
木村 健太(東京大学大学院新領域創成科学研究科 助教) 
松岡 悟志(東京大学大学院工学系研究科 助教) 
森川 大輔(東北大学多元物質科学研究所 助教) 
廣瀬 左京(株式会社村田製作所 プリンシパルリサーチャー) 
津田 健治(東北大学学際科学フロンティア研究所 教授) 
長谷川 達生(東京大学大学院工学系研究科 教授) 
木村 剛(東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授) 

用語解説: 

(注1)強軸性 
結晶構造に内在する原子配置の回転歪みで特徴付けられる秩序状態。強磁性や強誘電性といった既存の強的秩序物性に加わる新たなものとして提案されている。英語では「ferroaxial」という学術用語が使われているが、対応する日本語の学術用語がないため、本稿では「強軸性」という造語を使用した。 
(注2)強磁性体 
物質中の磁性に関与する原子または電子の磁気モーメントが同じ方向に配列し、自発磁化を形成する磁性を強磁性といい、強磁性を示す物質を強磁性体という。 
(注3)強誘電性 
電界が印加されていない状態でも電気分極を持ち、かつ外部電界の向きに応じて電気分極の向きを可逆的に反転できる性質のことを強誘電性といい、強誘電性を示す物質を強誘電体という。 
(注4)ドメイン 
強磁性体(強誘電体)の内部では、一般に、磁化(自発分極)の向きが互いに180度反転した2種類の領域に分かれていることが知られている。これを磁気(強誘電)ドメインと呼ぶ。強軸性物質の内部では、回転方向の異なる2種類の領域が強軸性ドメインに対応する。 
(注5)電場変調イメージング 
撮像対象に電場を加えたときに像に生じるごく僅かな変化をCMOSカメラなどのイメージセンサを用いて超高感度な一括計測により捉えることで、通常の光学像の撮影では識別し得ない像を浮かび上がらせることを可能とする技術。 
(注6)走査型透過電子顕微鏡(STEM) 
集束レンズによって細く絞った電子線プローブを試料上で走査し、各々の点で透過してきた電子線の強弱を検出し、観察対象内の電子透過率の空間分布を観察するタイプの電子顕微鏡。 
(注7)収束電子回折(CBED) 
円錐状に収束した電子線を試料に入射し、ナノメートル程度の微小領域から回折図形を得る方法。通常の電子回折では得られない結晶の対称性、歪み、格子欠陥、静電ポテンシャルおよび電子密度分布などの結晶構造に関するさまざまな情報を得ることができる。 
(注8)マルチフェロイック物質 
一般に複数の強的秩序を持つ物質のこと。最近では、(反)強磁性と強誘電性の2つの強的秩序を有する物質を表すことが多い。 
(注9)旋光性 
物質中を直線偏光した光が通過するとき、その偏光面を右または左に回転させる性質。不斉な分子の溶液や偏極面を持つ結晶などで起こる。 

添付資料

図1.電場が印加されたNiTiO3における電場誘起の旋光角の変化(電気旋光効果)を表す概念図。時計回りおよび反時計回り構造を持つそれぞれの強軸性ドメインでは、電場誘起の旋光角の符号が反転する。

 
図2.電気旋光効果を利用して観測されたNiTiO3における強軸性ドメインの空間分布。図中の赤と青のコントラストが強軸性ドメインに相当する。

 
図3.走査型透過電子顕微鏡と収束電子回折を組み合わせた手法により観測されたNiTiO3における強軸性ドメインの空間分布。黄色い破線はドメイン境界を意味する。