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極寒でしか存在できない赤色が外太陽系氷天体の謎を紐解く

投稿日:2020/03/17
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発表のポイント

◆ 極低温環境で生成可能なプラズマであるクライオプラズマを氷表面に照射することで、外太陽系に存在する氷天体と類似した赤色を呈することを発見しました。

◆ 得られた赤色は、昇温により-150℃を超えると徐々に薄くなり消えてしまうという、これまでに報告例のない極低温環境での温度依存性を示しました。

◆ 本成果は外太陽系の氷天体に見られる色分布に対して新たな説明を提示すると同時に、今後さらに研究が進むことで太陽系の形成メカニズムの解明に貢献するものと期待されます。

 

発表概要

私たちの住む太陽系の外太陽系領域(注1)には極寒の世界が広がっています。木星や土星といった惑星に加えて彗星等の多数の氷天体が存在し、その幾つかは赤色を呈することが観測から知られています。しかしながら、赤色の氷天体は太陽に近づきすぎると観測されなくなってしまい、その理由は謎のままでした。今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科の寺嶋和夫教授、榊原教貴大学院生らの研究グループは、独自に開発してきた極低温環境で生成可能なプラズマであるクライオプラズマ(注2)を氷表面に照射し外太陽系環境を模擬することで、外太陽系氷天体と類似した赤色を呈することを発見しました。さらに、得られた赤色は、昇温により-150℃を超えると徐々に薄くなり消えてしまうという、これまでに報告例のない極低温環境での温度依存性を示しました。すなわち、外太陽系という極寒の世界においても、赤色の氷天体は太陽系の外側から内側に旅をするにつれて温度変化に伴い赤色を失い得る、という新たな可能性が示唆されました。本成果は、外太陽系氷天体に見られる色分布の謎の紐解く新たな手がかりであると同時に、太陽系の形成および進化のメカニズム解明にも貢献し得るものと期待されます。

 

発表者

榊原 教貴(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 博士課程3年生)

ポア ユーユー(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 修士課程1年生)

伊藤 剛仁(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授)

寺嶋 和夫(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授)

 

発表内容

研究の背景・先行研究における問題点

私たちの住む太陽系において、外太陽系には-100℃から-230℃に至る極寒の世界が広がっており彗星等の数多くの氷天体が存在します。海王星(天文単位(注3)で9 AU程度)より外側に存在する太陽系外縁天体や5?10 AU程度に存在するケンタウルス族(注4)には赤色を呈する氷天体が存在しますが、それより太陽に近づいた距離に存在する木星族彗星では赤色を呈する氷天体は観測されていません。木星族彗星とケンタウルス族は共により外側の太陽系外縁天体を起源としていると言われているにも関わらず、氷天体にはこのような色分布が存在しており、その理由の一つとして赤色を呈する物質が太陽系の内側に行くにつれて昇華したり壊れたりすることが想像されます。しかしながら、これまで報告されている宇宙環境を模擬した実験では赤色の由来として、室温まで昇温しても非常に安定な不揮発性有機分子しか合成されておらず、氷天体が色の分布を持つ理由は謎のままでした。

研究内容

宇宙空間には紫外線や宇宙線(注5)、太陽風(注6)といったさまざまな高エネルギー粒子が飛び交っており、外太陽系の氷天体はそれらに曝された環境下にあります。今回、本研究グループは独自に開発してきた極低温環境で生成可能なプラズマであるクライオプラズマを用い、メタノールおよび水から成る氷に-190℃で照射することで、そのような外太陽系環境を模擬しました。クライオプラズマ照射箇所においてのみ外太陽系に存在する氷天体と類似した赤色を呈することが発見され(図1)、窒素含有の有機化合物であることが示唆されました。さらに、得られた赤色は、昇温により-150℃を超えると徐々に薄くなり-120℃で消失してしまうという、これまでに報告例のない極低温環境での温度依存性を示しました(図2)。赤色が消失した温度は外太陽系において赤色の氷天体が見られなくなる距離(7 AU程度)で想定される天体の表面温度とも良い一致を示すことから、本結果は、赤色の氷天体が太陽系の外側から内側に旅をするにつれて、温度変化により極寒の世界においてもその赤色を失い得る、という新たな可能性を提示したと言えます。

社会的意義・今後の予定

外太陽系の氷天体に見られる赤色は単に現在の天体の状況を物語っているだけでなく、天体移動の歴史や、地球外におけるアミノ酸や核酸塩基(注7)といった生体物質生成の可能性とも密接に関わっていると言われています。今回発見された極寒でしか存在できない赤色は、外太陽系氷天体の色分布の謎を解き明かす新たな手がかりであると同時に、今後のさらなる研究展開を通じて、太陽系の形成および進化のメカニズム解明や生命の起源の探索にも貢献し得るものと期待されます。

 

発表雑誌

雑誌名:「The Astrophysical Journal Letters」(オンライン版:3月16日付け)

論文タイトル:Cryogenic-specific reddish coloration by cryoplasma: New explanation for color diversity of outer solar system objects

著者:Noritaka Sakakibara*, Phua YuYu, Tsuyohito Ito, Kazuo Terashima*

DOI番号:10.3847/2041-8213/ab75c5

アブストラクトURL:https://iopscience.iop.org/article/10.3847/2041-8213/ab75c5

 

用語解説

(注1)外太陽系

太陽系において、火星と木星の間に存在する小天体の集合である小惑星帯よりも外側の領域のこと。

 

(注2)クライオプラズマ

プラズマとは原子または分子の一部が正のイオンと負のイオンや電子に電離した状態にある集合体を指す。電離にはエネルギーを必要とするためプラズマ雰囲気のガス温度は上昇することも多いが、本研究グループは電源のパルス化やプラズマの微小化により、プラズマのガス温度を極低温環境に制御可能なクライオプラズマを開発してきた。

 

(注3)天文単位(astronomical unit: AU)

主に天文学において用いられる長さの単位であり、地球と太陽との距離が約1 AUである。

 

(注4)ケンタウルス族

木星と海王星の間に公転軌道を持つ氷天体の総称。ケンタウルス族は、海王星以遠の太陽系外縁部に存在する氷天体(太陽系外縁天体)が木星周辺に存在する木星族彗星へと移動していく途中の天体であると推測されている。なお、太陽系外縁天体は約46億年前に惑星が形成された際の微惑星の残骸と考えられており、太陽系の形成と進化の歴史を紐解く鍵を握っている。

 

(注5)宇宙線

陽子や原子核からなる宇宙空間を飛び交う高エネルギーな粒子。

 

(注6)太陽風

太陽から噴出されたプラズマ状態にある高エネルギーな荷電粒子。

 

(注7)核酸塩基

窒素を含む芳香環化合物であり、核酸(DNAやRNA)の構成要素のひとつ。

 

添付資料

図1 (a)氷へのクライオプラズマ照射の模式図。(b)生成したクライオプラズマの写真。(c)クライオプラズマ照射後に氷上に現れた赤色の写真。プラズマ照射箇所においてのみ赤色を呈している様子が見てとれる。

図2 極低温環境での昇温により赤色が消失していく様子。