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電波掩蔽観測によって明らかにされた金星下層から中間圏における大気の熱構造

発表のポイント

◆これまでの金星探査は、天体の像を撮影する撮像観測が中心であったため、金星を覆う分厚い雲の下の大気構造については良く分かっていなかった。

◆宇宙航空研究開発機構(JAXA)の金星探査機「あかつき」と欧州宇宙機関(ESA)の金星探査機「Venus Express」による電波掩蔽(えんぺい)観測から、金星探査史上初めて金星の雲層より下(高度40km)から上(高度85km)における全球的な気温分布および大気安定度を測定した。

◆全球的かつ統計的に得られた金星の気温と安定度の結果は、金星の大気大循環や雲物理過程の解明に今後活用されることが期待される。

概要

金星は地球の双子星と呼ばれるほど、質量や大きさが似ていますが、両者の大気環境は全く異なります。これまで大型望遠鏡を用いた地上観測や人工衛星に搭載されたカメラ・分光器による撮像観測が実施されてきましたが、金星には分厚い雲があるために、雲の中やその下の大気構造については良く分かっていませんでした。本研究では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の金星探査機「あかつき」と欧州宇宙機関(ESA)の金星探査機「Venus Express」の電波掩蔽観測(注1)によって、金星の雲層の下(高度40 km)から上(高度85 km)における気温の高度分布を全球的に取得しました。その結果、緯度70度よりも赤道側の大気構造は、過去にプローブや着陸機を用いて実施された直接観測の結果と似ていることを確認しました。一方、緯度70度よりも極側の大気構造は直接観測の結果は皆無であり、本研究によって大気安定度(注2)の低い領域が雲層の中から下まで連続的に広がっていることが分かりました。このような大気安定度の緯度分布は地球とは正反対の性質を持ち、金星探査史上初めて見出されたものです。また、本研究によって全球的かつ統計的に得られた気温と大気安定度のデータは、大気大循環モデルをはじめとする数値モデルにとっての良いリファレンスとして、今後大いに活用されることが期待されます。

発表内容

研究の背景

金星は地球の双子星と呼ばれるほど、その質量や大きさが同程度です。しかし、両者を取り巻く大気環境は全く異なります。金星大気の主成分は二酸化炭素であり、地表面の気温・気圧はそれぞれ460℃・90気圧にも達し、高温・高圧な環境下にあります。また、金星の雲は濃硫酸でできており、金星を全球的に覆っています。そして、金星では自転速度の60倍の速度で大気が回転するスーパーローテーションという現象が生じています。これらの謎を解明するためには、金星大気の観測を実施し知見を蓄積することが必要不可欠です。最近では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の金星探査機「あかつき」や欧州宇宙機関(ESA)の金星探査機Venus Expressなどの人工衛星に搭載されたカメラ観測や地上望遠鏡を用いた光学機器観測が数多く実施されてきました。大規模な弓状模様や極域のS字構造など、水平構造に関する知見は増えつつありますが、光学機器観測ではある特定の高度(主に雲頂辺り)における大気の水平構造しか分かりません。また、金星には分厚い雲があるため雲層の中とその下の領域を観測することが困難です。この問題点を克服できる観測手法が、気温の高度分布を高精度・高分解能で測定できる電波掩蔽観測です。

電波掩蔽観測とは、探査機が惑星の背後に隠れる時、または背後から現れる時に探査機から地上のアンテナに向けて電波を射出し、探査機の軌道運動と惑星大気を通過する際の電波の屈折によって電波の受信周波数が変化する性質(ドップラーシフト)を利用して、惑星の気温の高度分布を測定する手法です(図1)。本研究では、「あかつき」とVenus Expressの電波掩蔽観測データを利用して、雲層の下(高度40 km)から上(高度85 km)における気温の高度分布を全球的に取得しました。過去の金星ミッション(VeneraミッションやPioneer Venusミッションなど)でも、プローブや着陸機を用いた直接観測によって気温の高度分布が測定されていますが、これらはある特定の地点における観測であり観測数も少なく、高緯度(緯度60度より極側)には直接観測のデータが一つもありません。また、電波掩蔽観測はこれまでにも実施されていますが、観測範囲が疎らであったり雲底(高度50 kmあたり)より下の領域を観測できていないという問題があります。全球的かつ統計的に雲層の下から上まで気温の高度分布を取得したのは、本研究が初めてです。

研究成果

図2aは本研究で得られた気温の緯度-高度分布になります。高度60 kmより下では温度は緯度共に単調に下がり、それより上では温度は緯度共に上昇しています。また、Cold collarという局所的に冷たい領域が緯度65度付近に存在していることが分かります。これらの特徴は、過去の電波掩蔽観測や光学機器観測の結果と辻褄が合います。大気構造をより詳しく調べるために、気温分布から大気安定度分布を導出しました(図2b)。これを見ると、緯度70度よりも赤道側では、大気安定度の低い領域が50–55 kmに位置しており、それより上では高安定、下では弱安定になっていることが分かります。このような特徴は、VeneraやPioneer Venusで実施された直接観測の結果と定量的にも似ており、金星大気は長年にわたって構造を維持しているということを示唆します。一方、緯度70度より極側では、大気安定度の低い領域が雲層の下まで広がっており、大気が不安定な状態にある場所が低緯度よりも広く存在することを意味します。このような大気構造は過去のどの観測でも発見されておらず、本研究によって初めて見出されました。

地球の対流圏では、赤道で大気安定度の低い領域が高度方向にもっとも広がり極に行くほど狭くなるため、金星と地球は大気安定度という観点から見ると真逆の傾向を持っています。地球では主に太陽光は地面で吸収され、低緯度ほど太陽光が多く届くため、そこで大気安定度が悪くなります。一方、金星には全球的に分厚い雲が高度50–70 kmに分布しており、太陽光の大部分を雲層上部で散乱・吸収し、金星の下層からやってくる赤外線が雲層下部を加熱します。これにより、低緯度は上下方向から加熱されるため、大気安定度が悪くなりにくくなります。一方で、高緯度の方は太陽光が殆ど届かず、ひたすら下層からの赤外線によって雲層下部が加熱されるため、不安定な状態に陥りやすくなります。加えて、大気循環や大気不安定の影響も考えられます(図3)。今後は、低安定度層の広がりがどのように決まるのか、またどのように維持されているのか理論的に調べる必要があります。

今後の展開

本研究で得られた気温や大気安定度の分布は、新しい金星標準大気Venus International Reference Atmosphere(VIRA)(注3)の構築に繋がります。従来のVIRAは、数回しか実施されていないプローブや着陸機による直接観測を基にして作られたものですが、本研究は全球的かつ統計的にデータを取得しているため、より信頼性の高いデータになります。これは、大気大循環モデルをはじめとする数値モデルにとっての良いリファレンスとして今後大いに利用されると期待されます。また、極域で大気安定度の低い領域が広がっているということは、そこで強い上下方向の大気の運動が発生していることを示唆しています。金星の雲は極域でもっとも分厚いことが知られていますが、この上下方向の運動によって下層から水蒸気や硫酸蒸気といった雲材料物質を速やかに上方輸送し、分厚い雲の生成・維持に繋がっている可能性があることから、今後の金星雲物理の理解に役立つと考えられます。

論文情報

雑誌名:Scientific Reports」(オンライン版:2020年2月26日付け)

論文タイトル:Thermal structure of the Venusian atmosphere from the sub-cloud region to the mesosphere as observed by radio occultation

著者:安藤 紘基*、高木 征弘、佐川 英夫(京都産業大学)、今村 剛(東京大学大学院新領域創成科学研究科)、杉本 憲彦(慶應義塾大学)、松田 佳久(東京学芸大学)、Silvia Tellmann、Martin Pätzold(ケルン大学)、Bernd Häusler(ミュンヘン連邦軍大学)、Raj Kumar Choudhary、Maria Antonita(インド宇宙研究機関)

DOI:10.1038/s41598-020-59278-8

用語・事項の解説

(注1)電波掩蔽観測:

地上のアンテナから見て探査機が惑星の背後に隠れる時、または背後から現れる時に探査機からアンテナに向けて電波を射出する。探査機の軌道運動と惑星大気を通過する際の電波の屈折によって、電波の受信周波数が変化する(ドップラーシフト)。周波数の変化と探査機・惑星・地球の位置関係の情報を用いて、幾何光学によって惑星の気温の高度分布を高精度(気温測定誤差 ~0.1 K)・高分解能(高度分解能 ~1 km)で測定することができる。

 (注2)大気安定度:

平衡状態にある大気の安定の度合い。静止状態にある大気の成層状態の安定度で、空気の小気塊を上の方に少し動かした時に、それがそのまま上昇する状態ならば不安定、元の位置に戻る状態ならば安定となる。

 (注3)金星標準大気Venus International Reference Atmosphere(VIRA):

過去に実施されたプローブや着陸機による直接観測の気温・気圧分布を基に作成された、標準的な金星大気のデータベース。本研究では、それらよりも圧倒的なデータ数と広大な観測範囲で気温・気圧分布を取得しており、データベースの更新に繋がる。

添付資料

 

図1 電波掩蔽観測のイメージ図

図2 電波掩蔽観測によって得られた(a)気温と(b)大気安定度の緯度-高度分布

 

図3 金星の大気安定度の緯度分布の概念図