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絶縁体中を動き回る謎の中性粒子を検出 ―「絶縁体」における「金属」的な熱の伝搬―

投稿日:2019/07/02
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概要

 京都大学大学院理学研究科の佐藤雄貴 博士課程学生、笠原成 同助教、笠原裕一 同准教授、松田祐司 同教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科の芝内孝禎 教授、茨城大学理学部の伊賀文俊 教授の研究グループは、米国ミシガン大学、米国ロスアラモス国立研究所と共同で、ある種の絶縁体の内部を動き回る未知の中性粒子を発見しました。物質は電気が流れるか流れないかで金属と絶縁体の二種類に分類され、金属は熱を伝えやすく絶縁体は熱を伝えにくいという性質をもちます。これは金属中で電気を伝える伝導電子が熱の運び手になっているからです。本研究では、イッテルビウム12ホウ化物(YbB12、図1)という絶縁体を絶対零度近傍まで冷却し、この物質の熱的な性質を詳細に調べました。その結果、YbB12は電気的には絶縁体で電気は伝えないにも関わらず、熱の伝導が金属と同じ振る舞いをすることを発見しました。このことは、この物質中に電荷をもたずに熱のみを伝える謎の中性粒子が存在していることを示唆しています。今後この中性粒子の性質や起源を明らかにすることで、物性物理学における新しい展開が期待されます。

 本成果は、2019年7月2日に英国の科学雑誌「Nature Physics」にオンライン掲載されました。


 

YbB12における電気伝導および熱伝導の概念図。電気を伝えない絶縁体であるにも関わらず金属と同様に熱を運ぶ。水色の点は熱のみを伝える電気的に中性な未知の粒子。

 

背景

 物質には、電気を流す物質(金属)と流さない物質(絶縁体)の2種類が存在します。物資を冷却すると、温度の低下とともに金属では電気抵抗が減少し、電気はますます流れやすくなります。一方で絶縁体では、温度の低下に伴い電気抵抗はどんどんと増大していき、絶対零度[1]においては無限大となってしまい電気は流れません。また金属は電気以外に熱もよく伝えるという性質をもちます。これは金属中を動き回っている伝導電子が、電荷だけでなく熱も同時に運んでいるからです。伝導電子が存在することにより、金属では絶対零度近傍でも熱を伝えますが、絶縁体では熱は流れなくなってしまいます(図2-A, B)。このように物質中の電気と熱の伝搬には切っても切り離せない関係があります。

 今回研究グループは、イッテルビウム12ホウ化物(YbB12)という希土類化合物に着目しました。この物質は低温で近藤絶縁体[2]と呼ばれる電気を流さない状態になることが知られています。昨年同研究グループでは、金属を特徴づける現象の一つである量子振動[3]が、絶縁体であるはずのYbB12において観測されることをサイエンス誌に発表しました。このことはYbB12が絶縁体とも金属とも区別することができない前例のない電子状態を持つことを示しています。このような電子状態を理解するには、量子振動以外の異なる実験手法を用いて多角的に電子状態を調べることが重要となります。そこで研究グループでは、物質を特徴づけるもう一つの重要な性質である熱的な性質に着目し、この物質中で熱が伝搬する様子を詳細に調べました。

 

研究手法・成果

 固体中における熱伝導率[4]は主に伝導電子と格子振動[5]によって与えられます。温度が下がるにつれて、格子振動の寄与はより強く抑制されることから、極低温では伝導電子の寄与に対して無視できるようになります。このことから物質を絶対零度近傍まで冷却することで、物質中に存在する伝導電子の熱的性質を詳細に調べることができます。共同研究グループでは、近藤絶縁体のひとつであるYbB12の熱的性質を精密に調べるため、0.1ケルビン[6]の極低温まで熱伝導率の測定を行いました。その結果、この物質は絶縁体であるにも関わらず、熱伝導率が金属のような温度変化を示し、物質中にあたかも伝導電子が存在するかのような熱的性質をもつことが明らかになりました。しかしながらYbB12は電気を流さない絶縁体であり、観測された金属のような熱的性質は伝導電子によるものではありません。このことはYbB12において電気的には中性である謎の粒子が存在しており、これが金属のように熱を運んでいることを示しています(図2-C)。本研究によって、この物質は電気的には絶縁体であるにもかかわらず、熱的には金属のように振る舞う新しいタイプの物質であることが明らかとなりました。今後はこの中性粒子の性質や起源を明らかにすることで、物理学における新しい概念をもたらすことが期待されます。

 

用語解説

[1] 物理学における温度の最小値で、物質をこれ以上冷却することは原理的にできない。

[2] 伝導電子が磁性電子と混ざり合う近藤効果によって、電気が自由に動き回れなくなることに由来する絶縁体。

[3] 金属の磁化や電気抵抗率といった物理量が、量子力学的な効果から磁場に対して周期的に振動する現象。電子は強い磁場をかけるとサイクロトロン運動をし、エネルギーがとびとびの値をとることしか許されなくなる。電子の統計性に起因して、物質の性質を決めるエネルギー準位にいる電子数が磁場に対して周期的に増減を繰り返すことによって引き起こされる。この現象は動き回れる電子が存在している金属中でしか観測できないと考えられている。

[4] 物質の熱の伝えやすさ。

[5] 固体を構成している原子は周期的に整列し格子を組んでいる。原子は元の位置を中心に振動する自由度をもち、この振動が隣の原子に伝わることで熱や音などを伝搬することができる。

[6] 絶対温度の単位。絶対零度が0ケルビンである。セルシウス温度に273.15を足すとケルビンの温度になる。

 

 

研究プロジェクトについて

 本研究は日本学術振興会 科学研究費補助金(課題番号:25220710, 15H02106, 15H03688, 16K13837, 18H01177, 18H01180, 18H05227)、同 科学研究費補助金 新学術領域研究「トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア」(課題番号:JP15H05852)の支援を受けて行われました。

 

<論文タイトルと著者>

タイトル:Unconventional thermal metallic state of charge-neutral fermions in an insulator

     (絶縁体中における電荷中性フェルミオンの風変わりな熱的金属状態)

著  者: Y. Sato, Z. Xiang, Y. Kasahara, T. Taniguchi, S. Kasahara, Lu Chen, T. Asaba, C. Tinsman, H. Murayama, O. Tanaka, Y. Muzukami, T. Shibauchi, F. Iga, J. Singleton, Lu Li*, Y. Matsuda*(*:責任著者)

掲載誌:Nature Physics DOI:10.1038/s41567-019-0552-2

 

<参考図>

 

図1:YbB12の結晶構造。水色(大)、緑(小)の球がそれぞれイッテルビウム(Yb)およびホウ素(B)原子を表す。

 

 

 

 

 

図2:各物質の極低温における電気伝導および熱伝導の違い。図中上の電流計が電気伝導を、図中下の物質のカラーマップが熱伝導をそれぞれ表している。(A)絶縁体の概念図。物質中を流れる粒子が存在しないため、電気と熱の両方とも流れない。(B)金属の概念図。物質中を自由に動き回れる電子(図中黄色の点)が存在する。このため電気と熱の両方がよく流れる。(C)YbB12の概念図。本来絶縁体なので電気は流れないが、熱は金属と同程度流れている。試料には電子の代わりに熱のみを運ぶ中性粒子(図中水色の点)が存在している。