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「ケタ違いに低いX線露光で生体1分子運動計測に成功!」 ―超高精度装置開発が加速し利用拡大へ―

投稿日:2018/11/30
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会見日時

2018年 11月28日(水)14:00 ~ 16:00

会見場所

東京大学本郷キャンパス 山上会館-本館(202会議室)
http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_00_02_j.html

発表者

◎佐々木裕次 (東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授
 /産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ)
○関口博史 (公益財団法人 高輝度光科学研究センター 主幹研究員)
(◎は当日説明者、○は会見質疑対応)

発表のポイント

◆大型放射光施設からの単色X線(注1)や実験室用小型X線光源を用いて、1分子に標識された金ナノ結晶の超微細運動の時分割計測に成功した。
◆従来のX線1分子追跡法に比べ1/1700のX線露光量(注2)で測定でき、実験室光源を用いると1/500000の露光量で測定できるようになった。また、X線ダメージを軽減することで、生きた細胞や動物でもX線で1分子を観察することが可能となった。
◆露光量が極めて小さいことから、今後、ダメージレス測定・長時間観察・いろいろな格子定数の標識ナノ結晶の運動を同時計測できるマルチ(カラー)標識等を強みにさまざまな展開が期待される。

 

発表概要

 近年、タンパク質1分子の観察は驚異的な発展を遂げており、生体内における分子ダイナミクスを高速・高精度に観察することが可能となってきた。従来のX線1分子追跡法(Diffracted X?ray Tracking: DXT、注3)では、目的のタンパク質分子の特定部位に金ナノ結晶を標識し、そのナノ結晶からの回折X線スポットの位置変化を観測することで、マイクロ秒以下の高時間分解能、かつ、ピコメートルの精度て?、タンハ?ク質1分子の内部運動を捉えることができるため、DXTを用いたDNAや巨大膜タンパク質の1分子内部運動の計測に成功している。
 東京大学大学院新領域創成科学研究科の佐々木裕次教授(産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ兼務)、及び公益財団法人高輝度光科学研究センターの研究グループは、大型放射光施設で単色X線を用いた回折実験において、回折X線強度が標識した金ナノ結晶の運動のために明滅する現象(Blinking X-ray: X線ブリンキングと命名、注4)を世界で初めて確認し、その自己相関(注5)解析をすることで、回折X線スポットの運動速度を定量的に評価できることを示した。また、この単色X線を用いた新しい計測手法は、世界で唯一1分子内部運動の測定が可能であったDXTに比べ、回折X線ブリンキング観察に必要なX線露光量が1/1,700であることを明らかにした。したがって、回折X線ブリンキング観察を用いれば、非常に低露光量での単一分子動態計測が可能となる。さらに、この低露光量という特長を生かすことで、実験室X線光源で1分子動態計測がミリ秒レベルで可能であることも実証した。

発表内容

 1990年代から飛躍的に発展したバイオ計測において、特に、可視光を用いた超解像顕微鏡(2014年ノーベル化学賞受賞、注6)と電子顕微鏡を用いた単粒子解析法(2017年ノーベル化学賞受賞、注7)は、バイオ分子の平均値を議論してきた従来の分子生物学を、1分子レベルで議論できる1分子生命科学へと一変させた。これらの進展後、研究者たちは、分子内部運動の測定に挑戦し始めた。しかし、可視光では波長由来の精度的困難さで、また、電子顕微鏡は低温測定が基本であったため、連続的実時間測定による運動計測は原理的に不可能だった。1998年に、佐々木教授は、高精度でかつ高速性を持つ量子プローブ1分子追跡法を世界で初めて提案し実現した。この方法では、タンパク質分子の観察目的部位を金ナノ結晶(直径数十ナノメートル)で化学標識し、標識ナノ結晶からの回折X線スポットの運動を時分割追跡する。このX線1分子追跡法DXTは、分子内部の回転運動を計測できるが、並進運動に換算するとピコメートル精度の位置決定が可能で、測定最高速度は数百ナノ秒の時分割観察が可能であった。現在まで多くの分子内運動計測に成功し、特に巨大膜タンパク質分子のイオンチャンネル開閉運動の1分子計測は他の方法では実現できない成果であった。
 しかし、DXTは白色X線(注8)を用いているため、その活用例は限られていた。最近の大型放射光施設は、ほとんど単色X線しか利用しないので、ビームライン設計段階で白色X線の利用が検討されることはない。そこで今回、単色X線を用いて実験したところ、回折X線強度の明確な点滅(Blinking X-ray: X線ブリンキング)を世界で初めて検出した。そして、このX線ブリンキングからの単一分子動態に関する情報の抽出を試み、回折X線スポット強度の自己相関が、1分子の運動速度と高い相関があることを見いだした。次に、X線光源を大型放射光施設SPring-8(注9)よりもX線強度で5桁弱い実験室用X線光源(Rigaku FR-D)へ変更し、アセチルコリン結合タンパク質(AChBP)を観察したところ、明確なX線ブリンキングが観察された。また、放射光利用の際と同様の解析を通じて、AChBPにアセチルコリン(ACh)が結合するとAChBPの上部構造が大きく左右に揺らぐことを100ミリ秒オーダーの時分割性で評価することに成功した。この結果は、本計測技術が、大幅に小型化して実験室レベルで利用できることを示しており、この露光量が極めて小さいことから、今後、ダメージレス測定・長時間観察・いろいろな格子定数の標識ナノ結晶の運動を同時計測できるマルチ(カラー)標識等を強みにさまざまな展開が期待できる。
 本研究成果は、ネイチャー・パブリッシング・グループ(Nature Publishing Group)電子ジャーナル「Scientific Reports」のオンライン速報版で11月30日に公開される。
 なお、本研究は、東京大学、産業技術総合研究所、及び(公財)高輝度光科学研究センター(SPring-8/JASRI)との共同で行われた。また本研究は、平成26年度(2014年度) 採択の科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型)「3D活性サイト科学」(領域代表 奈良先端科学技術大学院大学 大門寛 教授)の研究課題名「バイオロジーにおける3D活性サイト科学 」(研究代表 佐々木裕次 教授)、平成27年度(2015年度) 採択の科学研究費助成事業 基盤研究(A) (研究代表 佐々木裕次 教授)の研究課題名「実験室における天然変性タンパク質のX線1分子動態計測装置開発」及び、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)の「生体恒常性維持・変容・破綻機構のネットワーク的理解に基づく最適医療実現のための技術創出」研究開発領域における研究開発課題「リン恒常性を維持する臓器間ネットワークとその破綻がもたらす病態の解明」(研究開発代表者:黒尾誠)の支援を受けて実施された。

発表雑誌

雑誌名: Scientific Reports (オンライン版11月30日掲載)
論文タイトル: Diffracted X-ray blinking tracks single protein motions
著者: H. Sekiguchi2, M. Kuramochi1, K. Ikezaki1, Y. Okamura1, K. Yoshimura1, K. Matsubara1, J. W. Chang1, N. Ohta2, Tai Kubo3, Kazuhiro Mio3, Yoshio Suzuki1, Leonard M. G. Chavas4, and Yuji C. Sasaki1, 2, 3, (Corresponding author: H. Sekiguchi, Y. C. Sasaki)
1 東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻, 2公益財団法人 高輝度光科学研究センター(JASRI/SPring-8), 3産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ, 4 Proxima-I, Synchrotron SOLEIL(フランス・パリ大型光施設)

アブストラクトURL:www.nature.com/articles/s41598-018-35468-3

用語解説

(注1)放射光からの単色X線
放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波(光)で、色々な波長を持った白色X線を発生させることができる。この白色X線を単結晶(回折格子)に当てると反射(回折)する。この時の回折角はBraggの法則に従うので特定の波長のみ反射できることになる。すなわち、連続波長をもった白色X線から、X線を回折させることで、特定の波長を取り出すことができる。この光学素子を一般にモノクロメーターと言う。X線領域の場合は、シリコン単結晶を利用する場合が多い。通常の放射光施設の各ビームラインは、このモノクロメーターを利用して、単色化したX線を利用した測定を行っている。

(注2)X線露光量
X線露光量とはX線の照射による吸収線量のことで、X線吸収線量やドーズ量とも言われている。物質の種類に依存しない量なので、医療現場では被治療者の被ばく線量を表す臓器吸収線量の単位として用いられている。X線プローブは、同じ量子プローブである電子線に比べると、サンプルに対するダメージ効果は非常に小さいので、よく「非破壊プローブ」と言われるが、高エネルギー線のため、大強度のX線を照射すると、光電効果によるサンプルの破壊が無視できなくなることが問題となっており、これをいかに回避するかが課題となっていた。

(注3)X線1分子追跡法(Diffracted X-ray Tracking; DXT)
数十ナノメートルの金ナノ結晶で動態特性の評価をしたい分子や集合体を標識し、金ナノ結晶の動きを、金ナノ結晶からのX線による回折ラウエ斑点の動きとして高速時分割追跡する手法。主に回転運動を検出するが、その精度はミリラジアン以下(0.01度以下)で、並進的な移動距離で表すとピコメートルの高精度性を誇る。時分解能も利用する高速カメラに依存するが、100ナノ秒測定の最速を実現している。これは可視領域の1分子計測では世界最高速度となっている。本法は、佐々木裕次教授が1998年に考案し、2000年に発表し、今までに多くのタンパク質1分子の内部運動を計測して発表してきた(Physical Review Letters, Physical Review, Biochemical and Biophysical Research Communications, Cell, Biophysical J., Scientific Reports など)。原理は図1を参照。動的な分子集合体(不均一構造物質)の内部回転運動を検出する方法は現在、DXTしか存在しない。このDXTを単色エックス線線でも、測定できるようにした方法をDiffracted X-ray Blinking (DXB)と命名した。図1ではDXTとDXBを対比して説明している。

(注4)回折X線ブリンキング
1990年代に可視光領域において、ミリ秒から秒の間隔でその強度が明滅を繰り返す現象が見つかり、「ブリンキング現象」と呼ばれ、計測情報が不安定になるため、避けたい現象の代表例と言われてきた。これまで、蛍光タンパク質Green Fluorescent Protein (GFP)、有機蛍光分子や半導体量子ドットに至るまで、1分子計測に使われるさまざまな色素で、同じようにブリンキング現象が観察されてきた。スタンフォード大学のProf. W.E. Moerner は特殊な光学顕微鏡を利用して、GFPの黄色変異体(YFP)の発光特性を単一分子レベルで調べることで、488 nmで励起し、蛍光が明滅(ブリンキング)すること、および何回かのブリンキングののち、YFP分子が安定した暗状態に入ることを発見した。この発見で彼は2014年にノーベル化学賞を受賞した。このように強度が明滅する現象がX線で確認されたのは今回が初めてで(図2)、X線光源によらず、回折X線の発光元のナノ結晶の運動特性に由来することも確認された。

(注5)自己相関
時間軸を基にしたデータの数学的な解析法の1つ。得られたデータが時間シフトさせた自身の信号とどれだけよく整合するかを測る尺度を自己相関と定義して、時間シフトの大きさの関数として表される。信号に含まれる微小なパターンを探すのに有用であり、このデータ解析を基にして、より詳細な解析に進むことができる基礎的な1次解析法である。下記に示す電子顕微鏡を用いた単粒子解析法や、可視領域における動的光散乱法にも自己相関解析法が用いられている。X線領域においても、X線光子相関分光法(X-ray Photon Correlation Spectroscopy: XPCS)が利用されていたが、測定条件が非常に限定的で、特殊なサンプル系での測定に限られていた。これに対して、本成果で考案・実証したDXBは、測定条件が広く、汎用的な測定法としてその発展が期待されている。

(注6)可視光を用いた超解像顕微鏡技術
光学顕微鏡の理論限界値(平面方向約200ナノメートル)を超えた分解能での蛍光観察を可能にした画像処理を含んだ顕微鏡技術。それまでにない超高解像度観察を可能にしたこの技術で、2014年のノーベル化学賞が米国研究者3氏に贈られた。X線1分子追跡法は、この原理を利用していることから、超解像顕微鏡のX線版とも言える。

(注7)電子顕微鏡を用いた単粒子解析法
従来の電子顕微鏡法を用いたタンパク質分子構造解析法では、タンパク質分子の2次元結晶を用いて構造決定されていた。しかし、この結晶化のプロセスが非常に難しく汎用的な方法として発展しなかった。本法は、発想を変え、多数の均一な粒子を観察し、画像処理によってそれらの像を重ね、1分子(粒子)構造を決定する方法である。単一の撮影像よりも高分解能な画像が得られ結果的に3次元立体構造決定に成功した。また、電子線照射によるダメージの問題を克服するために、低温電子顕微鏡法も併用し、最近、原子レベルの分解能を持つ3次元構造解析に成功した。現在は、それらの動態情報までも検出できるのではないかと多くの研究者が、本法を用いて動態解析を進めている。この手法を開発した欧米の研究者3名には、2017年ノーベル化学賞が贈られた。

(注8)白色X線
光のうち、X線と呼ばれる範囲の複数の幅広い波長を含む光を白色X線と呼んでいる。制動放射、シンクロトロン放射などによって発生する連続スペクトルを示すX線を言う。白色X線に対して、1つ波長のみを含むという意味で単色X線と呼ばれる。

(注9)大型放射光施設 SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、(公益財団法人)高輝度光科学研究センター(JASRI)が運転と利用者支援を行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な光のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。

添付資料

(図1)X線1分子追跡法DXTとX線1分子明滅法DXBの原理の違い。2つの方法における解析時の重要因子は、
X線回折点の位置情報から強度情報へと変化した。この実現は、高感度X線検出器の定量解析技術の進展が大きく寄与する

 

(図2)今回発見されたX線明滅現象(Diffracted X-ray Blinking)を、放射光からの単色X線を利用して観測した例と、
実験室光源からの単色X線を利用した例。両者とも明確な明滅現象を確認し、その単純な解釈を世界で初めて提案した。

 

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