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分子1個でできた世界最小のレバー型スイッチをON! —物体を動かす力の根源となる、原子間に働く反発力を有効利用—

       

 

発表者

塩足 亮隼(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 助教)
尾谷 卓史(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 修士課程1年)
杉本 宜昭(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 准教授)

発表のポイント

◆金属表面上に突き立った、長さ約30億分の1メートルの分子を鋭い針で押し倒すことにより、「レバー型スイッチ」として動作させることに成功した。
◆このスイッチは、押す側の原子と押される側の原子との間に働く「パウリ斥力」によって起こっており、その力の大きさは一般的なレバー型スイッチの100億分の1であることを明らかにした。
◆これまで未解明だった分子レベルでの機械的スイッチのメカニズムが明らかになり、より複雑な動きをする分子マシンを設計・制御するための手がかりが得られた。

発表概要

 東京大学大学院 新領域創成科学研究科の塩足亮隼助教、尾谷卓史大学院生、および杉本宜昭准教授のグループは、1個の分子からできた「レバー型スイッチ」を駆動させることに成功しました。原子間力顕微鏡(注1)の鋭い針を、金属表面上に突き立った1個の一酸化窒素(注2)分子に近づけ、そのときに働く微小な力を計測しました。その結果、針から受けるパウリ斥力(注3)によって直立していた一酸化窒素分子が押し倒されており、レバー型スイッチ(注4)としての挙動を示すことが分かりました。レバー型スイッチはゲーム機のコントローラなどにも用いられる一般的なスイッチですが、それと比較するとこの分子はおよそ1億分の1の大きさであり、「世界最小のレバー型スイッチ」といえます。我々が普段使っている機器とよく似たメカニズムによって微小な分子の機能を発現できることが実証されたことで、今後、より複雑な分子マシンの開発が進むことが期待されます。

発表内容

 1つひとつの分子の大きさは一般に1億分の1メートルから100億分の1メートル程度という非常に小さなものです。そのようなナノスケール(注5)の世界においても、我々の目に見える世界のものと同じような動き・働きをする分子が存在します。たとえば生体内にはモーターのように回転するタンパク質やシャクトリムシのように移動するタンパク質など、機能的な分子が数多く存在しています。機械あるいは機械部品のように特定の働きをする分子(あるいは分子集団)のことを分子マシンと呼び、分子に特定の機能や持たせる研究や、分子の持つ機能を調べる研究が盛んに行われています。2016年には、分子マシンの設計・合成の研究が評価され、ヨーロッパの科学者3名がノーベル化学賞を受賞しました。
 外部からの刺激によって状態を切り替える「分子スイッチ」は、最も簡単かつ基本となる分子マシンの1つです。しかし、分子のスイッチがどのようにして起こるかというメカニズムに関してはまだ未解明な部分が多く残されています。研究グループは、銅の表面に突き立った1個の一酸化窒素分子を、まるで「レバー型スイッチ」のように押し倒すことによって状態を切り替えることができることを明らかにし、そのメカニズムを調べました。
 レバー型スイッチとは、棒(レバー)を指で押し倒すことで信号を入力するスイッチのことで、機械の電源やゲーム機のコントローラなどに用いられる一般的な部品です(図1)。表面上に突き立った一酸化窒素の「分子レバー」の長さは0.3ナノメートル(約30億分の1メートル)であり、これは一般的なレバー型スイッチの長さの1億分の1です。指の代わりに原子レベルで鋭い針を用いることで、この「単分子レバー」を押し倒すことができました(図2)。針が近づいていく過程で分子が針から受ける力を細かく解析した結果(図3)、接近した針に反発して分子が次第に傾いていき、最終的に押し倒されることが分かりました。この反発の原因となるのは、パウリ斥力と呼ばれる2つの接近した原子間に働く力です。なお、押し倒してしまった後の分子は、電子を当てることで元の突き立った構造に「リセット」することができ、この1個の分子は繰り返し使用できる「分子スイッチ」としての機能を果たすことが実証されました。
 「分子レバー」が倒れるメカニズムは一般的なレバー型スイッチとよく似ていますが、レバーを倒すために必要な力は0.4 ナノニュートン(注6)であり、一般のスイッチのおよそ100億分の1という極めて微小なものでした。指でレバーを押す力や、壁を手で押したときに壁から受ける力など、我々の目に見える世界の物体を押したり押し返されたりする力は、物体間の無数の原子のパウリ斥力が足しあわされて生じたものといえます。世界最小のレバー型スイッチでは、2個の原子間に働くパウリ斥力という最小単位の反発力を有効利用してレバーを倒し、スイッチを入れることができるのです。
 レバー型分子スイッチのメカニズムが解明されたことによって、今後は、より効率良くスイッチできる方法を探索したり、より複雑な機能を持つ分子を設計・制御したりするなど、分子マシン開発の革新が期待されます。

発表雑誌

雑誌名:「Physical Review Letters」(9月11日(米国時間)オンライン公開。第121巻(2018年)116101/1-6頁)
論文タイトル:Torque-Induced Change in Configuration of a Single NO Molecule on Cu(110)Torque-induced change in configuration of a single NO molecule on Cu(110)
著者: Akitoshi Shiotari*, Takafumi Odani, and Yoshiaki Sugimoto
URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.121.116101
DOI:10.1103/PhysRevLett.121.116101

 

問い合わせ先

東京大学大学院新領域創成科学研究科
助教 塩足 亮隼(しおたり あきとし)
TEL: 04-7136-3997
E-mail : shiotari@k.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院新領域創成科学研究科
准教授 杉本 宜昭(すぎもと よしあき)
TEL: 04-7136-5470
E-mail : ysugimoto@k.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1)原子間力顕微鏡
鋭い針(探針)を観察対象(試料)に近づけて、探針先端の原子と表面の原子との間に働く力を測定することで、試料表面を観察する顕微鏡のこと。略称はAFM。探針を取り付けた板バネのたわみを検出することによって微小な力を検出し、表面の凹凸像を得ることができる。また、表面上の特定の原子上で探針を上下に動かすことで、探針とその原子との間に働く力の値を計測できる。今回の実験では超高真空環境で高性能な力センサーを用いることにより、原子レベルの精密な力計測と非破壊測定を可能にした。

(注2)一酸化窒素
酸素原子1個と窒素原子1個から構成される分子。化学記号はNO。金属と結合しやすい性質を持つ。大気中の酸素分子と容易に反応して有毒な二酸化窒素(NO2)となるため、大気汚染物質の一つとして知られている。その一方で、生体内では血管・神経・免疫などでさまざまな役割を担っており、人体に無くてはならない重要な物質でもある。

(注3)パウリ斥力
2つの原子が一定距離以上離れているときは互いに引きあう力(引力)が働くが、接近しすぎると互いが反発して離れようとする力(斥力)が働く。この斥力をパウリ斥力といい、原子内の電子は同じ量子状態に2つ入ることできないとする「パウリの排他律」に基づく力である。

(注4)レバー型スイッチ
厳密には「トグルスイッチ」という。レバーを指などで押し倒すことによって切り替えるスイッチのこと。レバーの右向きと左向きを切り替える2状態スイッチや、右向き・直立・左向きを切り替える3状態スイッチなどがある。また、倒した後に指を離すとレバーが元の位置に戻るモーメンタリ動作(ゲームコントローラなどに使われる)と、指を離してもレバーが倒れたままのオルタネイト動作(電源スイッチなどに使われる)の2種に区分される。今回の分子スイッチは、オルタネイト動作の3状態スイッチに区分される。

(注5)ナノニュートン
1ナノニュートン(1 nN)は10億分の1ニュートンである。1ニュートンとは、1キログラムの物体が1メートル毎秒毎秒の加速度を得るのに必要な力の大きさである。約102グラムの物体が受ける地球の重力の大きさが1ニュートンとなる。
 

添付資料

図1 一般的なレバー型スイッチ(上)と、一酸化窒素による世界最小のレバー型スイッチ(下)の模式図。どちらのスイッチも、レバーに力をかけて押し倒すことでOFFからONにすることができる。また、押す方向によって、レバーが倒れる方向が決まる。下段の図中の赤、青、茶色の球は、それぞれ酸素原子、窒素原子、銅原子を表す。

 

図2 針の接近によって銅表面上の一酸化窒素がスイッチする瞬間の模式図。実際の実験では、針の先端にも一酸化窒素がついているものを用いた。探針先端の酸素原子と、分子レバー先端の酸素原子とが反発することで、分子レバーが傾いてスイッチが起こる。

 

図3 原子間力顕微鏡による針と分子との間に働く力の計測。グラフの縦軸は表面上の一酸化窒素分子が針から受けた力の縦方向の成分(上に行くほど斥力が大きい。正の値は斥力、負は引力を意味する)、横軸は針の表面からの高さ(左に行くほど針が表面に近い)を表す。直立した一酸化窒素分子に針を近づけていくと(赤線)、一番近づいたところで力のかかり方が急激に変化し、ここでOFF状態からON状態へのスイッチが起きたことが分かる。針を離していくとき(青線)は、分子が倒れてしまった状態なので、働く力は弱くなった。