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世界で最も低ノイズの有機トランジスタの作製に成功 ―IoT社会に必須の安価で高感度なセンサーデバイスの実現に向け、大いなる一歩―

         

 

発表者

渡邉峻一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任准教授
     /JSTさきがけ研究員 兼任
     /産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベー
      ションラボラトリ 客員研究員 兼務)
竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授
     /マテリアルイノベーション研究センター(MIRC) 特任教授 兼務
     /産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベー
      ションラボラトリ 客員研究員 兼務
     /物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 (WPI-MANA)
      超分子グループ 主席招聘研究員)

発表のポイント

◆有機トランジスタのノイズの原因となるトラップ密度を高感度で定量化する技術を開発しました。
◆単結晶でも残るノイズの原因を突き止め、その原因を取り除くことで、世界で最も低ノイズの有機トランジスタの作製に成功しました。
◆塗布で作製可能な有機トランジスタの低ノイズ化により、IoT社会を支える安価で高感度なセンサーデバイスの実現が期待されます。

発表概要

 有機トランジスタには、定常状態においても「わずかな電流の揺らぎ=ノイズ」が必ず存在し、このノイズは信頼性や安定性といった動作性能を低下させる大敵でした。そこでまず、ノイズの精密測定とその原因となる電荷のトラップ(注2)密度の精密評価を可能にする技術を開発しました。そして、有機トランジスタのトラップ密度を丹念に調べました。その結果、有機トランジスタを構成する有機半導体とゲート絶縁体の界面に存在するわずかなポテンシャルの揺らぎに起因して有機半導体にわずかに存在するエネルギー障壁の浅いトラップでさえもノイズの原因になることを突き止めました。そこで、トラップ抑制のため界面に配置した分子膜の品質を上げ、界面を制御してトラップに捕獲されない電荷伝導機構であるバンド伝導性(注3)を高めることで、ノイズを低減し、他の有機トランジスタと比較してノイズレベルが圧倒的に低い有機トランジスタの作製に成功しました。
 有機半導体をインクに用いて印刷で作製できる有機トランジスタは、低ノイズ化が進んだことで、IoT(Internet of Things)社会に必須の安価で高感度なセンサーデバイスの実現に大きく貢献するものと期待されます。
本研究成果は、英国科学雑誌「Communications Physics」平成30年 7月18日版に掲載されます。

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金「単結晶有機半導体中電子伝導の巨大応力歪効果とフレキシブルメカノエレクトロニクス」「有機単結晶半導体を用いたスピントランジスタの実現」(研究代表者:竹谷純一)による研究の一環として行われました。

 

発表内容

[背景]
 有機半導体を有機溶媒に溶かしたインクを基材に塗布することで電子デバイス(トランジスタやそれを活用したセンサーデバイスなど)を作製することができます。すなわち、現在半導体として広く用いられているシリコンと違って、既存の印刷プロセスで電子デバイスを大量かつ安価に製造できることから、有機半導体はIoT社会を担う次世代電子材料として注目されています。近年、材料開発が急速に進展し、10 cm2 V-1 s-1を超える高移動度(注4)の有機トランジスタが開発され、かつての有機材料最大の弱点も克服されつつあります。IoTでの応用展開を目指して、1,000~10,000個の有機トランジスタを集積した論理演算回路や、有機トランジスタを用いた温度、湿度、歪み、振動といった様々なセンサーの実証研究が急ピッチで進んでいます。
 これらの有機トランジスタにはわずかな電流の揺らぎであるノイズが必ず存在します。電流値が時間の経過とともに揺らぐことで、センサーデバイスであれば測定精度の低下につながり、論理演算回路であれば最悪の場合0を1と誤って演算してしまいます。特に、ノイズの大きさが周波数fに反比例する1/fノイズ(注5)は、多数のトランジスタを高密度に集積することで顕在化するため、有機トランジスタの大敵であるとされてきました。
 有機トランジスタにおける有機分子の結晶性と電荷伝導機構の相関が次第に明らかとなり、有機単結晶半導体を用いたトランジスタやセンサーデバイスの研究開発が華々しく発展する傍ら、ノイズに関する基礎研究は社会から注目されにくいこともあり、比較的軽視されていました。例えば、どのようなメカニズムでノイズが発生するのか、どこまでノイズレベルを低減できるのかについては未解明の部分が多く存在していました。そこで、有機トランジスタにおけるノイズの原因解明とその抑制に取り組みました。

[手法]
 有機トランジスタの電流値のわずかな揺らぎを精密計測するために、計測機器の配線や環境からの外乱の影響を排除可能な計測系を構築しました。さらに温度可変クライオスタットにも接続可能とし、200 K(約-70℃)までの低温測定を行って、電荷伝導機構とノイズレベルの相関を精査できるようにしました。
 有機半導体には本研究グループが開発したC8–DNBDT–NWを用いました。不純物のきわめて少ないC8–DNBDT–NWを合成し、有機溶媒に溶かしたインクを調整して基板上に塗布することで2次元有機単結晶薄膜を形成しました。その上からソース電極及びドレイン電極を配置して、移動度が10 cm2 V-1 s-1を超える有機トランジスタを作製しました(図1 a、b)。その性能を上述の計測系で計測し、周波数に対するノイズに変換して精密に評価しました(図1 c、d)。

[成果]
 有機トランジスタにおけるノイズの原因はこれまでにも研究されていました。それらの多くは、不純物量が制御されておらず多数の構造欠陥を含むアモルファスの材料や、小さな結晶が寄せ集まった多結晶の材料の有機トランジスタを用いた研究でした。これらの有機トランジスタにおいては、不純物、構造欠陥や結晶粒界によるエネルギー障壁の深いトラップがノイズの原因であるとされていました(図2)。今回、アモルファスから、単結晶まで結晶性の異なる材料を用いた有機トランジスタを作製し、結晶性とノイズの相関を系統的に調査しました。特に、不純物、構造欠陥、結晶粒界の影響が実質的にないと言える有機単結晶材料については、ノイズの精密計測を世界で初めて実施しました。その結果、従来提案されていたエネルギー障壁の深いトラップのみならず、有機半導体を構成する有機半導体とゲート絶縁体の界面に存在するわずかなポテンシャルの乱れ等に起因するエネルギー障壁の浅いトラップからもノイズが発生することを突き止めました。
 さらに、解析手法に改良を加え、トラップの分布(トラップ密度)を定量化することにも成功しました(図 3)。従来、トラップ密度の定量化は特殊な分光手法が必要とされましたが、今回開発したノイズの計測系と解析手法を用いれば有機トランジスタの品質の指標となるトラップ密度をわずか10秒ほどの計測に基づいて高感度で行うことが可能となりました。この技術は、将来開発されるさらに高い移動度を持つ有機トランジスタのノイズ評価においても威力を発揮する基盤的技術になるものと期待しています。
 この結果を踏まえ、界面を制御してトラップに捕獲されない電荷伝導機構であるバンド伝導性を高めることで、実効的な移動度を向上させるとともに、ノイズの一層の低減を試みました。これまで当研究グループが世界に先駆けて報告してきた、バンド伝導性を有するC8–DNBDT–NWの単結晶は電子の波動性に由来する高い移動度が得られるだけでなく、その構造欠陥や不純物の少なさも特長としています。この材料を用いることで、従来の有機トランジスタに比べて圧倒的に低いノイズレベルの達成に成功しました(図4)。さらに、印刷で作製できる酸化物半導体トランジスタのノイズレベルも並行して評価した結果、今回得られた有機トランジスタのノイズレベルは同程度の移動度(5 cm2 V-1 s-1)を有するIndium Zinc Oxideを凌駕するレベルであることも分かりました。

[今後の展望]
 IoT(Internet of Things)社会においては膨大な数のセンサーデバイスが必要になると考えられています。センサーデバイスに必要不可欠なトランジスタは、印刷で作製できる有機トランジスタに置き換えることで低コスト化が可能です。本研究で得られた低ノイズの有機トランジスタは、IoT技術を支える安価でしかも高感度なセンサーデバイスの実現に大きく貢献するものと期待されます。

発表雑誌

雑誌名:「Communications Physics」(7月18日付オンライン版)
論文タイトル: Remarkably-low flicker noise in solution-processed organic single crystal transistors
著者:Shun Watanabe, Hirotaka Sugawara, Roger Hausermann, Balthasar Bluelle, Akifumi Yamamura, Toshihiro Okamoto, and Jun Takeya
DOI番号:10.1038/s42005-018-0037-0

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻
特任准教授 渡邉 峻一郎(わたなべ しゅんいちろう)
TEL:04-7136-3788 / E-MAIL:swatanabe@edu.k.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻
教授 竹谷 純一(たけや じゅんいち)
TEL:04-7136-3790 / E-MAIL:takeya@k.u-tokyo.ac.jp

<報道に関すること>
東京大学大学院新領域創成科学研究科 総務係
TEL:04-7136-5578 / E-MAIL: sato.yumiko@mail.u-tokyo.ac.jp

産業技術総合研究所 企画本部報道室
TEL: 029-862-6216 / E-MAIL: press-ml@aist.go.jp

用語解説

(注1)有機トランジスタ:有機半導体を用いたトランジスタ。ゲート電圧をかけるとソース電極から注入された電荷(ホールまたは電子)が有機半導体とゲート絶縁体の界面に蓄積され、ソース電極からドレイン電極へ電流が流れるようになる。トランジスタはデジタル論理演算回路や信号増幅回路における最も基本的な素子の一つである。

(注2)トラップ:半導体中の電荷が空間的・エネルギー的に捕獲されること、若しくはその場所。捕獲された電荷は電気伝導に寄与することができなくなる。

(注3):バンド伝導:電荷がトラップされることなく、結晶中に広がった波として伝搬する電気伝導。

(注4)移動度:電場により電荷が移動する際の、移動しやすさを示す量。IoTデバイスの動作には移動度10 cm2V-1s-1が望まれる。

(注5)1/fノイズ:ノイズレベルが周波数に反比例するノイズ。1/fノイズは自然界に存在する揺らぎであることも知られており、例えばロウソクの炎の揺らぎなどが該当する。
 

添付資料