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化合物の標的機能を決定するツールを開発 -酵母の化学遺伝学アプローチで化合物の標的予測/同定が迅速に-

2017年7月20日
理化学研究所
東京大学
トロント大学
ミネソタ大学

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター分子リガンド標的研究チームのジェフ・ピョウートロウスキ国際特別研究員、シーナ・リー研究員、 八代田陽子副チームリーダー、チャールズ・ブーンチームリーダー、ケミカルゲノミクス研究グループの吉田稔グループディレクター、 ケミカルバイオロジー研究グループの長田裕之グループディレクター、東京大学大学院新領域創成科学研究科の大矢禎一教授、 ミネソタ大学のチャド・マイヤーズ教授、トロント大学のブレンダ・アンドリューズ教授らの国際共同研究グループ※は、出芽酵母の「化学遺伝学アプローチ[1]」を用いて化合物(薬剤)の標的分子を予測/同定する方法を開発しました。
 ユニークな生理活性を示す化合物には、生体内に必ず特異的な標的分子(主にタンパク質)が存在します。標的分子を同定することは、化合物の作用メカニズムの解明に必須であり、創薬研究の要です。標的タンパク質の同定には、化合物と標的タンパク質の物理的相互作用を直接的に検出する方法があります。しかし、結合力が弱い場合や、試験管内で細胞内の生理的条件を再現できていない場合などは同定が困難でした。
 今回、国際共同研究グループは、出芽酵母の遺伝子破壊株セットについて化合物の感受性を測定し、その情報を「合成致死性[2]」の遺伝子データベースと照合することにより、 化合物が標的とする遺伝子産物(タンパク質)とその機能を予測/同定できることを示しました。さらに、この簡便な化学遺伝学アプローチと「バーコードシークエンス法[3]」を組み合わせることにより、数百の化合物の標的分子の予測/同定を迅速に効率よく行う方法を確立しました。この方法により、理研の天然化合物バンク(NPDepo)、米国の国立衛生研究所(NIH)、国立がん研究所(NCI)の化合物ライブラリーなど合計7つの化合物ライブラリーに所蔵される化合物13,524個についてスクリーニングを行い、出芽酵母遺伝子との相関プロファイルを作成し、化合物の標的機能の注釈(アノテーション)付けを行いました。また、化合物の標的分子予測の評価も行いました。
 今回開発した無作為的に化合物の標的分子機能を予測/同定する方法は、新規かつ未知の有用化合物の作用メカニズムの解明を迅速に進めるための非常に有効な手段になると期待できます。
 本研究は、国際科学雑誌『Nature Chemical Biology』オンライン版(7月24日付け:日本時間7月25日)に掲載されます。

※国際共同研究グループ
理化学研究所 環境資源科学研究センター
 分子リガンド標的研究チーム
  国際特別研究員(研究当時) ジェフ・ピョウートロウスキ(Jeff Piotrowski)
  研究員 シーナ・リー(Sheena Li)
  テクニカルスタッフⅠ 吉村 麻美 (よしむら まみ)
  副チームリーダー 八代田 陽子(やしろだ ようこ)
  チームリーダー チャールズ・ブーン(Charles Boone)
 ケミカルゲノミクス研究グループ
  グループディレクター 吉田 稔  (よしだ みのる)
 ケミカルバイオロジー研究グループ
  グループディレクター 長田 裕之 (おさだ ひろゆき)
 化合物リソース開発研究ユニット
  テクニカルスタッフⅡ 平野 弘之 (ひらの ひろゆき)
東京大学
 大学院新領域創成科学研究科
  教授 大矢 禎一 (おおや よしかず)
  大学院生 久保 佳蓮 (くぼ かれん)
 分子細胞生物学研究所
  教授 白髭 克彦 (しらひげ かつひこ)
ミネソタ大学
  教授 チャド・マイヤーズ(Chad Myers)
トロント大学
  教授 ブレンダ・アンドリューズ(Brenda Andrews)

背景

 創薬研究において重要なのは、化合物(薬剤)が生体内や細胞内でどのように作用するかを解明することです。 特に、化合物が作用する細胞内の標的分子(主にタンパク質) を同定することは、化合物の作用メカニズムを明らかにするためにも、また副作用の軽減を考える上でも重要です。 化合物の標的タンパク質の同定には、化合物をビーズなどの担体に固定化し、 さまざまなタンパク質が含まれている細胞抽出液と反応させ、化合物と結合するタンパク質を検出する方法が使われます。 しかし、化合物とタンパク質の結合力が弱い場合や試験管内で細胞内の 生理的条件を再現できていない場合には化合物とタンパク質の物理的相互作用を検出することは困難です。
 そこで、国際共同研究グループは出芽酵母を使い、細胞内で化合物が標的タンパク質に作用した際に引き起こされる現象(表現型[4])をもとに、化合物の作用メカニズムを推測し、 化合物の標的タンパク質を同定する方法の開発を試みました。
 チャールズ・ブーン チームリーダーらはこれまでに、出芽酵母の二つの遺伝子を破壊した二重遺伝子破壊株の「合成致死性」を調べて、 網羅的な「遺伝子-遺伝子相関性」を明らかにし、 そのデータベースを作成しています(注1)。合成致死性を示す遺伝子同士は同様の機能を持ち、 同じ生物学的プロセスで機能すると考えられます。また、化合物がタンパク質に作用しその機能を阻害することは、そのタンパク質をコードしている遺伝子が遺伝子破壊により機能不全になることと同義です。
 そこで、一つの遺伝子を破壊した出芽酵母細胞株を化合物で処理し、その増殖度合いを調べることにより合成致死性を示す(化合物処理で生育が悪くなる)遺伝子破壊株のプロファイリング[5] (化学遺伝学プロファイリング)に着目しました。これにより、化合物と遺伝子の相関性が明らかになります。その「化合物-遺伝子相関性」を、既にある「遺伝子-遺伝子相関性」データベースと照合すれば、 化合物処理がどの遺伝子破壊と同義かあるいは類似性を示すかが分かります。このようにして、化合物が阻害するタンパク質(遺伝子産物)を予測/同定することができます(注2)(図1)

図1.出芽酵母を用いた化学遺伝学アプローチの原理

 

左側の列は遺伝子-遺伝子相関性、右側の列は化合物-遺伝子相関性を示している。A遺伝子とB遺伝子はそれぞれAタンパク質とBタンパク質をコードしている。A遺伝子とB遺伝子はそれぞれ単独破壊では死に至らないが、左図の下段のように同時に破壊されると死に至る合成致死性を示すことが分かっているとき、A遺伝子欠損株に対して化合物(薬剤)が致死性を示したならば(右図の下段)、加えた化合物はB遺伝子がコードするタンパク質の機能を阻害していることが分かる。

(注1)Costanzo, M. et al., 2010, Science, 327: 425-431、Costanzo, M., et al., 2016, Science, 353: aaf1420、 Usaj, M., et al., 2017, G3 (Bethesda), 7: 1539-1549.
(注2)Andrusiak, K., et al., 2010, Bioorg. Med. Chem., 20: 1952-1960.

研究手法と成果

 出芽酵母は1996年に全ゲノム配列が解読され、タンパク質をコードする遺伝子を約6,000個持つことが分かり、いち早く遺伝子破壊株や遺伝子過剰発現株などの網羅的解析ツールが整備された生物です。 出芽酵母の遺伝子破壊株コレクションでは、各遺伝子を薬剤耐性マーカーのkanR遺伝子[6]と置き換えて破壊させる際に、kanR遺伝子の上流および下流に、各遺伝子に固有の20塩基から成る「バーコード配列」 を挿入しています。
 国際共同研究グループは、出芽酵母の遺伝子破壊株をさまざまな化合物で処理していく「化学遺伝学スクリーニング」を行う前に、スクリーニングに使う遺伝子破壊株を選びました。 同じ生物学的プロセスで機能する遺伝子群は類似の遺伝学的相互作用を示すので、それぞれの生物学的プロセスにおける代表遺伝子310個を生存には必須ではない約5,000個の非必須遺伝子の遺伝子破壊株から選びました。 この310個の遺伝子破壊株は、全て薬剤感受性型株[7]をホストとして用いて作製しました。
 各遺伝子破壊株は、個々のバーコード配列を解読することにより識別できるので、選んだ310遺伝子破壊株セットをまとめて化合物存在下で培養することができます。その後、DNAを抽出して、 各遺伝子固有のバーコードを次世代シークエンサー[8]で解読します。化合物処理を行ったときに、化合物で処理していない対照と比較して、どの遺伝子破壊株が化合物に感受性を示し、 その数が減ったか(どの遺伝子破壊株が化合物と合成致死性を示すか)を各遺伝子固有のバーコード数の比較で検出します。この方法を「バーコードシークエンス法」と呼びます(図2)

図2.バーコードシークエンス法の流れ

 

各種遺伝子破壊株をまとめて化合物存在下で培養し、ゲノムDNAを抽出後に各遺伝子破壊株に固有のバーコード配列およびその数(個体数に相当)を次世代シークエンサーで解読する。 化合物で処理していない対照と比較して、どの遺伝子破壊株が化合物に対し感受性を示したか(合成致死性を示したか)を解析することにより、化学遺伝学プロファイリングを行う。

 国際共同研究グループはまた、768種の異なる化合物処理群を区別できるような「マルチプレックスタグ配列(10塩基配列)」をデザインし、そのタグ配列を含むように各遺伝子破壊株の特異的配列のバーコード部分を ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)[9]で増幅しました。これにより、768個のサンプル(96穴マルチプレート8枚分に相当)のPCR産物を混合して次世代シークエンサーにかけることができ、 最終的に解析を行う際にマルチプレックスタグ配列によって化合物を識別・分類し、各化合物存在下での遺伝子破壊株の増減を調べることが可能になりました。
 このように一気に多数のサンプル(化合物)を処理できるシステムが整った後、理研天然化合物バンク(NPDepo)の化合物ライブラリーや米国の国立衛生研究所(NIH)、 国立がん研究所(NCI)の化合物ライブラリーを含む合計13,524個の化合物について、化合物-遺伝子相関プロファイルを作成し、化合物の標的機能の注釈(アノテーション)付けを行いました。
 出芽酵母の遺伝子-遺伝子相関解析から、各遺伝子は大きく分けて17の生物学的プロセスに属していることが分かっていました(図3A)。各化合物ライブラリーの化合物についての 化合物-遺伝子相関プロファイルを遺伝子-遺伝子相関プロファイルに重ね合わせると、各化合物ライブラリーに含まれる化合物が標的とする生物学的プロセスが分かります。 例えば、NPDepoライブラリーには17の生物学的プロセスのうち大部分を標的とするさまざまな化合物が含まれていることが分かりました。 一方、NIHやNCIの化合物ライブラリーに含まれる化合物の標的機能には偏りがみられました(図3B)

 

図3.出芽酵母の遺伝子-遺伝子相関性と化合物-遺伝子相関性

 

図4.化合物処理した細胞における細胞壁成分の局在

 

各化合物で処理した出芽酵母野生株細胞をβ-1,3-グルカンを染色するアニリンブルー(AB)とキチンを染色するカルコフロールホワイト(CFW)で処理した。細胞壁関連の生物学的プロセスを標的としていることが予測された25化合物のうち、写真で示す8化合物の染色像が実際にコントロールと異なっていた。
β-1,3-グルカンやキチンの集積が顕著な部分を矢印で示す。

また、これらの化合物で出芽酵母細胞を処理すると、ザイモリエース(β-1,3-グルカンを分解する酵素)に感受性を示し、細胞溶解が起こるなどの細胞壁を標的とする化合物が示す特徴的な表現型を示しました。以上のことから、25化合物のうち8化合物は予測通り、「細胞壁」関連の生物学的プロセスを標的とすることが証明されました。よって、化学遺伝学アプローチに基づく本法により化合物の標的分子の同定が可能であることが示されました。
 なお、本研究で明らかにした化合物と遺伝子の相関性情報は、新たに構築したデータベース「MOSAIC」(http://mosaic.cs.umn.edu)にて公開しています。

 

今後の期待

 今回開発した化学遺伝学アプローチは、出芽酵母細胞を用いた偏りのない方法であり、迅速に多数の化合物の機能を一気に予測/同定することが可能です。このような大規模な解析が可能なツールを用いれば、化合物ライブラリーに収蔵される化合物のそれぞれを機能的側面から特徴づけることが可能になります。例えば、この方法を用いて天然抽出物コレクションの機能的特徴付けを行えば、有用な天然物の同定に役立ちます。
  また、この化学遺伝学アプローチによる化合物の標的予測/同定法は、出芽酵母のみならず、大腸菌、分裂酵母などの微生物、さらには動物細胞でも同様に活用可能です。ヒト細胞を用いれば、新しい有用薬剤の発見など創薬研究に貢献するものと期待できます。

論文情報

<タイトル>
Functional Annotation of Chemical Libraries across Diverse Biological Processes
<著者名>
Piotrowski, J. S., Li, S. C., Deshpande, R., Simpkins, S. W., Nelson, J., Yashiroda, Y., Barber, J. M., Safizadeh, H., Wilson, E., Okada, H., Gebre, A. A., Kubo, K., Torres, N. P., LeBlanc, M. A., Andrusiak, K., Okamoto, R., Yoshimura, M., van Leeuwen, J., Shirahige, K., Baryshnikova, A., Brown, G. W., Hirano, H., Costanzo, M., Andrews, B., Ohya, Y., Osada, H., Yoshida, M., Myers, C. L., Boone, C.
<雑誌>
Nature Chemical Biology
<DOI>
10.1038/nchembio.2436

補足説明

[1]化学遺伝学アプローチ
ここでは、遺伝子破壊株や遺伝子過剰発現株といった遺伝子発現量を変化させた変異株を化合物処理することにより現れる増殖の変化(致死、増殖遅延、増殖促進等)を指標にして、化合物の作用機序を解明する方法を指す。

[2] 合成致死性
単独の遺伝子の変異では細胞は死に至らないが、そのような遺伝子が複数個、同時に変異することによって、細胞が死に至る関係性のこと。

[3] バーコードシークエンス法
出芽酵母の各遺伝子破壊株の薬剤耐性マーカー付近に挿入された20塩基から成る固有の「バーコード配列」を解読することにより、培養液中に混在して存在する遺伝子破壊株それぞれの数を検出する方法。

[4] 表現型
細胞内の遺伝子発現やタンパク量の変化などの結果、現れる形質(例:致死、増殖遅延、温度感受性、形態変化等)のこと。

[5] プロファイリング
網羅的に解析した結果から特徴を割り出す手法。

[6] kanR遺伝子
ジェネティシンというアミノグリコシド系抗生物質に対して耐性を付与する遺伝子で、薬剤耐性マーカーとして使用される。

[7] 薬剤感受性型株
出芽酵母の薬剤に対する反応性を制御している転写因子をコードするPDR1およびPDR3遺伝子と、薬剤耐性を担う薬剤排出ポンプをコードするSNQ2遺伝子を破壊することにより「薬剤感受性型」にした出芽酵母株。

[8] 次世代シークエンサー
DNAの塩基配列を決定するための装置で、ランダムに切断されたDNA断片の塩基配列を同時並行的に、より高速高精度に決定することができる。

[9] ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)
微量DNAを酵素反応で増幅する反応のこと。

発表者・機関窓口

<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせ下さい
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E-mail:yoshidam@riken.jp(吉田)、hisyo@riken.jp(長田)

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