ニュース

金属表面で分子を曲げて骨格を変える新・有機合成法を開発 —原子間力顕微鏡を用いて炭素骨格変換の可視化に成功—

     

 

発表者

塩足 亮隼(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 助教)
杉本 宜昭(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授)
中江 隆博(京都大学エネルギー理工学研究所 助教)
坂口 浩司(京都大学エネルギー理工学研究所 教授)
宇野 英満(愛媛大学大学院理工学研究科環境機能科学専攻 教授)

発表のポイント

◆“ばね”型有機分子を金属表面上に置くことで変型させ、生じる歪みエネルギーを使って従来例の無い炭素骨格組み換えを実現し、有機エレクトロニクスに有用な機能性分子を作り出すことに成功した。
◆原子間力顕微鏡を用いて反応前後の有機分子の構造を比較し、フラスコ内では起きない新種の化学反応が起こったことを実証した。
◆今回開発した、分子の歪みエネルギーを利用する化学反応は原子効率が非常に高く、光・電子機能材料の革新的な合成手法となることが期待される。

発表概要

 東京大学の塩足亮隼 助教、杉本宜昭 准教授、岩田孝太 博士研究員(研究当時 大阪大学 大学院生)、京都大学の中江隆博 助教、坂口浩司 教授、愛媛大学の宇野英満 教授、奥島鉄雄 准教授、森重樹 特任講師からなる共同研究グループ※は、“ばね”型有機分子を金属表面で歪ませることにより“高エネルギー充電状態”を作り出し、従来法では合成できなかった機能性材料を著しく低いエネルギーで合成する新しい炭素骨格組み換え反応の開発に成功しました。今回の成果は、有機ELや太陽電池などに利用できる新しい有機エレクトロニクス材料(注1)開発への応用が期待されます。
 有機材料を利用する有機ELディスプレイや太陽電池は、“曲がる・薄いデバイス”を実現できるため、大きな注目を集めています。これらのデバイスを構成する半導体材料である機能性有機分子は、従来、フラスコ中での有機合成反応を用いて作られてきました。しかし、超伝導などの優れた特性を示すある種の機能性有機分子は、その合成に大きなエネルギーを必要とするため、数百度の高温でも合成が困難であり、新しい原理に基づく合成法が望まれていました。
 今回開発した「金属表面で分子を曲げて骨格を変える新・有機合成法」(図1)では、ねじれた“ばね”型有機分子を設計し、金属表面上で分子を曲げることにより高いエネルギー状態を作り出すことで、従来困難であった機能性分子の合成に成功し、懸案の問題を解決しました。
 本方法のポイントは、原料分子を触媒の表面で歪ませることで力学的エネルギーを分子内に蓄えた状態、いうなれば、歪みエネルギーの“充電状態”を作り出したことです。穏やかな加熱条件でその歪みエネルギーを開放することにより、新しい形式の化学反応を起こし、超伝導等に用いられる機能性構造である「フルバレン骨格」(注2)の合成に成功しました。分子内部の局所的な構造変化を検出することは通常困難ですが、極めて精密な原子間力顕微鏡(注3)を用いることで個々の有機分子を構成する炭素原子の骨組み(炭素骨格)を画像化することができます。本研究による原子間力顕微鏡測定によって、生成された分子が確かにフルバレン骨格を持つこと、そしてその反応効率が非常に高いことを明らかにしました。以上の通り、歪みエネルギーをうまく産み出し、有機分子の炭素骨格の組み換えを高効率で行う手法を確立したことによって、原子効率(注4)が非常に高い化学反応による有機エレクトロニクス材料の画期的合成法への利用が期待されます。
 本成果は英科学誌Nature Communicationsに日本時間7月20日付けでオンライン掲載されました。

※共同研究グループ

東京大学

京都大学

愛媛大学

大学院新領域創成科学研究科

・助教 塩足亮隼

     (しおたりあきとし)

・准教授 杉本宜昭

     (すぎもとよしあき)

物性研究所

・博士研究員 岩田孝太

     (いわたこうた)

 

エネルギー理工学研究所

・助教 中江隆博

     (なかえたかひろ)

・教授 坂口浩司

     (さかぐちひろし)

大学院理工学研究科

・教授 宇野英満

     (うのひでみつ)

・准教授 奥島鉄雄

      (おくじまてつお)

学術支援センター

・特任講師 森 重樹

      (もりしげき)

 

 

発表内容

背景
有機材料を利用する有機ELディスプレイや太陽電池は、“曲がる・薄いデバイス”を実現できるため、大きな注目を集めています。これらのデバイスを構成する半導体材料である機能性有機分子は、従来、フラスコ中での有機合成反応を用いて作られてきました。しかし、超伝導などの優れた特性を発現しうるフルバレン骨格を持つ有機化合物は、その合成に大きなエネルギーを必要とするため、数百度の高温でも合成が困難であるという問題点があり、新しい原理に基づく合成法が望まれていました。

研究手法・成果
 上記課題を解決するため、(図2)に示した「金属表面で分子を曲げて骨格を変える新・有機合成法」を開発しました。本手法は、ねじれた構造を持つように設計した“ばね”型有機分子を金属基板に吸着させ、真空中で低温加熱することがポイントです。“ばね”型有機分子は、「アズレン」(注5)と呼ばれる原料骨格2つを近傍に固定させた構造を持ちます。この構造では、アズレン骨格が1つの分子内でかなり接近しているため反発し、本来「硬い」骨格であるアズレン部位が上下に「ねじれた構造」を持つことが特徴です。
 今回の手法では、 “ばね”型有機分子は銅の表面に強く吸着するために、ねじれをほどいて平面化し、“ばね”を大きく広げるように変型します。すなわち銅表面の上で、平面に引き伸ばされ歪みの力学的エネルギーを分子の中に貯め込んだ、いうなれば “充電状態”になります。この状態の分子を真空中で250℃程度に加熱すると、分子の中に“充電”した歪みエネルギーを利用することで、従来法では数百度の高温で加熱しても得られなかった機能性を持つフルバレン骨格を有する分子を合成することに成功しました。
 続いて、合成した分子の構造を反応の過程ごとに原子間力顕微鏡によって観察し、“ばね”型有機分子の骨格変換の反応経路と反応効率を明らかにしました。その結果、表面上のほとんどの原料分子が目的のフルバレン骨格に変化し、高い変換効率の合成法であることが示されました。さらに、本合成法は廃棄物として炭素原子を失わない、原子効率が非常に高い組み換え反応であることが分かりました。
 本研究で開発した、金属表面上で起こす新しい有機合成法は、分子の中に貯め込んだ歪みエネルギー(“充電状態”)を開放(“放電”)することにより、化学反応を進ませるという新しい原理(分子歪みが駆動する炭素骨格の変換反応)に基づいており、学術的にも大きな興味が持たれると共に、今後、様々な有機エレクトロニクス用機能材料の合成が期待されます。

波及効果、今後の予定
今回の成果は、「金属表面で分子を曲げて骨格を変える」、すなわち分子を変形させて力学エネルギーを生み出し、化学反応に使うという新しいコンセプトに基づく研究であり、今後様々な種類の機能性物質の合成が達成され、次世代半導体やエネルギー分野での応用研究が飛躍的に加速するものと期待されます。今後は、本手法を更に発展させ、従来法では不可能な物質の開発に取り組む予定です。

研究プロジェクトについて
本研究は、文科省科研費新学術領域研究「分子アーキテクトニクス」、同「π造形科学」、JSPS科研費、京都大学エネルギー理工学研究所共同利用・共同研究拠点の助成を受けて実施されました。

発表雑誌

雑誌名:「Nature Communications」(7月20日付け。第8巻 (2017年) 16089/1–8頁)
論文タイトル:Strain-induced skeletal rearrangement of a polycyclic aromatic hydrocarbon on a copper surface(分子歪みにより誘起される銅表面上での炭素骨格変換反応)
著者: Akitoshi Shiotari*, Takahiro Nakae*, Kota Iwata, Shigeki Mori, Tetsuo Okujima, Hidemitsu Uno, Hiroshi Sakaguchi, Yoshiaki Sugimoto
DOI番号:10.1038/NCOMMS16089
URL:http://www.nature.com/articles/ncomms16089

 

問い合わせ先

東京大学大学院新領域創成科学研究科
助教 塩足 亮隼(しおたり あきとし)
TEL: 04-7136-3997
FAX: 04-7136-4058
E-mail : shiotari@k.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院新領域創成科学研究科
准教授 杉本 宜昭(すぎもと よしあき)
TEL/FAX: 04-7136-4058
E-mail : ysugimoto@k.u-tokyo.ac.jp

京都大学エネルギー理工学研究所
教授 坂口 浩司(さかぐち ひろし)
TEL/FAX : 0774-38-3505
E-mail : sakaguchi.hiroshi.7z@kyoto-u.ac.jp

愛媛大学大学院理工学研究科
教授 宇野 英満(うの ひでみつ)
TEL/FAX: 089-927-9610
E-mail: uno@ehime-u.ac.jp

 

用語解説

(注1)有機エレクトロニクス材料
 軽く柔らかい機能性有機分子を用いた電子材料であり、大面積化、フレキシブルデバイスに適した電子材料として期待されている。また、希少な元素資源を必要としない点から持続可能な社会を実現する材料として期待されている。

 

(注2)フルバレン骨格
 有機超伝導体(硫黄置換フルバレン誘導体)などの基本構造。炭素10個水素8個からなる5角形二つを炭素―炭素二重結合で連結した構造を持つ炭化水素化合物の骨格。(図2)左にその構造図を示す。

 

(注3)原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy: AFM)
 鋭い針(探針)先端の原子と試料表面上の原子との間に働く力(原子間力)を検出しながら探針を表面平行方向に走査(スキャン)することで表面の凹凸を画像化する顕微鏡(図3)

 

(注4)原子効率
 ある化学反応における、含まれるすべての原子の変換効率のこと。理想的な化学プロセスでは、出発物質(反応物)の重量は得られる生成物の重量と等しく、無駄となる原子がない。原子効率(%) = 目的物の分子量/反応物の分子量 × 100 で表される。

 

(注5)アズレン
 炭素10個水素8個からなる5角形と7角形が辺を共有した炭化水素化合物(図2左)。アズレン単体は青色の固体であり、その名前はスペイン語の「青い」を意味する“azul”に由来する。アズレン骨格は天然にも存在し、うがい薬の成分や青いキノコの色素として知られる。

添付資料

(図1)今回開発した「金属表面で分子を曲げて骨格を変える新・有機合成法」の概念図。下段に、実際に測定した分子の原子間力顕微鏡像を示す。。

 

 

 

(図2)今回開発した新・有機合成法と従来のフラスコの中での有機合成法の違い。左図に有機エレクトロニクス材料のアズレンとフルバレンの分子構造図を示す。いずれの分子も炭素10個と水素8個からなる有機分子である。今回の手法によって、機能性骨格であるフルバレンを有する分子を低エネルギーで産み出すことができる。

 

 

 

(図3)原子間力顕微鏡による有機分子の炭素骨格の可視化。左の模式図のように、探針を取り付けた板バネのたわみを検出することで標的分子と探針との間の微小な力を検出する。本研究では、一酸化炭素分子を先端に付着させることにより原子レベルで鋭利になった探針を用いた。この装置によって、右上の図のように、1 nm(1ナノメートル=10億分の1メートル)よりも小さい原子の並びを画像化することができる。この顕微鏡像から、今回の手法によって合成された有機分子が確かにフルバレン骨格を持つことが示された。