ニュース

表面を濡らす水分子が見えた! —原子間力顕微鏡を用いた水分子ネットワークの観察に成功—

 

発表者

塩足 亮隼(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 助教)
杉本 宜昭(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授)

発表のポイント

◆金属表面上に形成した水単分子層(厚みが1分子のみの非常に薄い水の膜)における個々の水分子を、原子間力顕微鏡を用いて可視化することに初めて成功した。
◆それにより、従来の手法で分からなかった局所的な水分子の配列構造を解明することができ、表面が濡れるメカニズムを単分子レベルで理解することができるようになった。
◆この手法を用いることで、水分子に限らず、弱い分子間相互作用で結びついたさまざまな分子集合体を原子レベルでイメージングできる可能性が示された。

発表概要

 東京大学大学院新領域創成科学研究科の塩足亮隼助教と杉本宜昭准教授は、固体表面に形成した単分子層内部の個々の水分子を可視化する新しい手法を示しました。原子間力顕微鏡(AFM、注1)を用いて原子間に働く微小な力を検出することで、水分子同士が結びついたネットワーク構造を極めて高い空間分解能で可視化することに初めて成功しました。水分子ネットワークにおける末端や欠陥(注2)などの局所構造は、ネットワークの成長や構造変化の起点となることや、化学反応の活性点となることが知られています。これまでの実験手法では分からなかったさまざまな水分子ネットワークやその局所構造の組成も、AFMを用いることで解明できるようになります。このような微視的な知見は将来的に、濡れ性(濡れやすさ)を制御するための表面の加工や、より高性能な電池の開発につながります。

発表内容

 金属表面上に吸着した水分子は、分子同士が水素結合(注3)することで多彩なネットワーク構造を作ることが知られています。金属の種類や温度によって、水のネットワークは1次元、2次元、あるいは3次元に成長し、その物性も大きく変化します。たとえば湿電池(自動車のバッテリーなど)において、電気を産み出す化学反応が起こる場所は金属(電極)と水(溶液)の境界面であり、その構造を解明することは高性能な電池の開発につながる重要な課題といえます。また、固体表面上において水分子ネットワークがどのように成長するか、つまり、表面が濡れる過程を、原子レベルで理解することができれば、水に濡れやすい(あるいは、濡れにくい)材料の開発に役立ちます。
 成長の「第一段階」である、金属表面に直接結合した水分子のネットワーク、つまり水単分子層の構造を知ることは特に重要であり、盛んに研究されています。これまで、水単分子層のナノスケール(注4)での観察には、走査トンネル顕微鏡(STM、注5)がほぼ唯一の手法として用いられてきました。STM 像は分子の電子状態を反映したものであり、原子の大きさよりも広がった「電子雲」を画像化することになります。そのため多くの場合、薄膜内部の個々の水分子を可視化することができず、分子の位置や配向を正確に知るためは別の実験手法や理論計算によるサポートが必要でした。
 そこで研究グループは、水単分子層の構造をAFMによって単分子レベルで解明することを試みました。AFMは探針と表面上の原子との間に働く微小な力を検出する手法です(図1)。STMとはイメージングのメカニズムが異なるため、異なる見え方の像が得られると予想し、観察対象として、銅表面上に成長した「水のチェーン」を選択しました。このチェーンは、5個の水分子が水素結合によって5角形を形成し(5員環)、それが構成単位となって1次元的に配列した構造です(図2a)。この構造モデルは分光実験や理論計算によって提唱されていましたが、従来の手法であるSTM 像(図2b)だけではチェーン内部の水分子がどのように並んでいるかを知ることができませんでした。しかし、このチェーンをAFMによって観察すると、1つ1つの水分子が鮮明に可視化され、このチェーンは間違いなく5員環によって構成されていることを実証することができました(図2c)。
 さらに、AFM を用いることによって、今まで分からなかったチェーンの末端の構造を初めて明らかにしました。末端にはいくつかの種類があり、従来の手法であるSTM像(図3上段)ではそれらを判別することが難しい一方で、AFM像では1個1個の水分子の位置とそのつながりを特定することができました(図3下段)。チェーン末端のように極めて局所的な水分子の配列を明らかにすることは、他の実験手法による測定や理論による予測計算では極めて難しく、AFM観察が水分子ネットワークの局所構造を調べるための最も有力な手法になります。
 このように、表面の濡れ性や触媒反応性に関わる水単分子層の構造を世界最小スケールで明らかにすることができました。このイメージング手法を応用することで、水分子ネットワークだけでなく、弱い分子間相互作用で結びついたさまざまな分子集合体の構造を原子レベルで解明することができると期待され、ナノサイエンスの発展への大きな貢献が期待されます。

発表雑誌

雑誌名:「Nature Communications」(2月3日付け。第8巻 (2017年) 14313頁)
論文タイトル:Ultrahigh-resolution imaging of water networks by atomic force microscopy
著者: Akitoshi Shiotari* and Yoshiaki Sugimoto
DOI番号:10.1038/NCOMMS14313
URL:http://www.nature.com/articles/ncomms14313

問い合わせ先

東京大学大学院新領域創成科学研究科
助教 塩足 亮隼(しおたり あきとし)
E-mail : shiotari@k.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院新領域創成科学研究科
准教授 杉本 宜昭(すぎもと よしあき)
E-mail : ysugimoto@k.u-tokyo.ac.jpp

用語解説

(注1)原子間力顕微鏡 (AFM)
鋭い針(探針)を観察対象(試料)に近づけて、探針先端の原子と表面の原子との間に働く力を測定することで、試料表面を観察する顕微鏡のこと。探針を取り付けた板バネのたわみを検出することによって微小な力を測定することができる。反発力の大きいところが明るく、引力の大きいところが暗く観察される。ここでは、高性能な力センサーと精密な制御装置によって、原子分解能(原子1つ1つを認識可能な画像が得られる性能)を有する装置を用いた。

(注2)欠陥
結晶氷のような水分子ネットワークにおいて、水分子のほとんどは規則正しく周期的に配列しているが、存在するはずの位置に水分子がいない場所(空孔)や、別の分子(水酸基など)が入っている場所が存在することがある。ここではこれらをまとめて「欠陥」と称する。

(注3)水素結合
2つの原子(酸素原子や窒素原子など)が、水素原子を介して引き付けあう化学結合のこと。共有結合よりも結合力は弱いが、さまざまな物性に影響を及ぼしうる重要な相互作用である。たとえば、水の沸点が、組成が似ている他の物質に比べて高いことや、固体の氷の方が液体の水より密度が小さくなることも、水分子同士が水素結合していることが原因である。

(注4)ナノスケール
10億分の1メートル(100万分の1ミリメートル)スケールのこと。原子や分子と同等のサイズであることを表す。たとえば銅原子の直径はおよそ 0.26 ナノメートルである。

(注5)走査トンネル顕微鏡 (STM)
探針を試料に近づけて、探針先端の原子と表面の原子との間に流れるトンネル電流を測定することで、試料表面を観察する顕微鏡のこと。数ナノメートル離れた探針と試料との間に電圧をかけると、トンネル効果によって電子が真空を透過し、電流が検出されることを利用している。トンネル電流の流れやすいところが明るく、流れにくいところが暗く観察される。ここでは、導電性のAFM探針を使用することによって、AFMとSTMを切り替えて測定できる装置を使用した。

添付資料

図1 左:原子間力顕微鏡(AFM)による水薄膜の測定の模式図。右:左図中の点線で囲った部分を拡大した模式図探針先端に付着させた不活性な一酸化炭素分子が、探針と水分子との間の「クッション」の役目を果たすことで、水分子ネットワークを壊すことなく、極めて空間分解能の高いAFM像が取得できた。

 

図2 a:銅表面に成長した水のチェーンの構造モデル。茶色(大)、赤色(中)、白色(小)の球は、それぞれ銅、酸素、水素原子を表す。青い太線で囲んだ五角形の領域は5員環を表す。
b:水のチェーンのSTM 像。ジグザグ形状の像が得られたが、水分子の位置は分からない。
c:bと同じチェーンのAFM像。水のチェーンの5員環構造がAFM像によって可視化された。AFM像の下部には水分子の模式図を重ねて表示している。

 

図3 いろいろな種類の水のチェーン末端のSTM 像(上段)とAFM像(下段)。STM像から構造を特定することは難しいが、AFM像によって水分子の位置が明確に示された。AFM像には水分子の模式図を重ねて表示している。赤色(大)、白色(小)の球はそれぞれ酸素、水素原子を表す。