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研究成果

高圧力により鉄系超伝導物質の転移温度が4倍以上に上昇する謎を解明

投稿日:2016/07/19
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発表者

松浦 康平 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 修士課程2年)
芝内 孝禎 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授)
上床 美也 (東京大学物性研究所 極限環境物性研究部門 教授)

 

発表のポイント

◆鉄系超伝導体セレン化鉄において圧力で超伝導転移温度が9ケルビンから38ケルビンに4倍以上にも上昇する現象が、超伝導を阻害していた磁性が圧力によって消失することで起こることを突き止めた。
◆今回の成果は、純良な試料を用いた高圧下精密物性測定により得られたものであり、また、圧力で超伝導転移温度が4倍以上に上昇する原因が大きな謎となっていたが、今回の成果によって解明された。
◆高温超伝導と磁性とがライバルの関係にあり、超伝導を阻害する磁性を抑制することが高い転移温度を得るための重要な要素であることを意味している。

 

発表概要

 東京大学新領域創成科学研究科の松浦康平大学院生、芝内孝禎教授、東京大学物性研究所の上床美也教授らは、京都大学理学研究科の松田祐司教授、中国科学院、オークリッジ国立研究所の研究者らと共同で、鉄系超伝導体セレン化鉄(注1)において圧力で超伝導転移温度が絶対温度で4倍以上にも上昇する現象が、超伝導を阻害していた磁性が圧力によって消失することで起こることを突き止めました。これまでの研究で、このセレン化鉄は鉄系超伝導体の中でも特異な物性を示すことが知られており、特に最近に発見された超伝導転移温度が圧力下で4倍以上にまで上昇する起源は物性物理学の大きな謎の一つでした。常圧では磁気的秩序を示しませんが、圧力をかけると2万気圧付近で突如磁性が出現し、磁性の発言する温度が4万気圧程度まで上昇すること、更に高圧の6万気圧程度でこの磁性が消失する圧力領域で急激に超伝導になる温度が高くなることが本研究で初めて明らかになりました。これは、磁性が超伝導を阻害しており、磁性が消失することで高い転移温度を持つ超伝導が現れることを意味しています。このような振る舞いは銅酸化物高温超伝導体(注2)にも共通性がみられ、高温超伝導の起源の解明の糸口となります。
 本研究成果は2016年7月19日付けで、英国科学誌Nature Communicationsにオンライン掲載されました。
 本研究は、科学研究費基盤研究(A)(No. 15H02106)、科学研究費基盤研究(B)(No.15H03681)および文部科学省新学術領域研究「トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア」(No. 15H05852)の助成を受けました。

発表内容

研究の背景と経緯

 特定の物質を低温に冷却すると、電気抵抗がゼロになる「超伝導」が実現することが1911年にオランダで初めて発見されました。1957年にJ. Bardeen, L. N. Cooper, J. R. Schriefferにより超伝導を説明する理論が提案されました。この理論は提案者の頭文字からBCS理論として知られています。結晶の格子の振動が媒介となり二つの電子間に実効的な引力が働きペアを形成します。このペアが凝縮することで超伝導が生じると説明されています。この理論によりそれまでに発見された殆どの超伝導現象の説明に成功しました。しかし近年、BCS理論の範疇を超えた高い転移温度を持つ高温超伝導体が発見されました。この高温超伝導体のうち、銅を含む銅酸化物超伝導体と鉄を含む鉄系超伝導体は、電子の間に強い相互作用が働いており、その超伝導の起源を明らかにする新たな理論的枠組みが必要とされています。これら新奇超伝導の理解は物理学の進展だけでなく、産業への実用化に向けて常温に近い温度で超伝導を実現する物質の設計の指針となります。
 これまでの研究で、鉄系高温超伝導は、結晶の構造の変化を伴った反強磁性とよばれる秩序相(注3)を持つ物質について化学的な元素置換などの方法により、この磁性が消失した先に発現することが知られています(図1) 。一方、セレン化鉄は鉄系超伝導体のなかで唯一、常圧で磁性が無い構造の変化が生じて、約9ケルビン(マイナス約264℃)で超伝導を実現します。さらに、圧力を加えることで超伝導の状態になる転移温度が非単調に上昇し、8万気圧程度で常圧の4倍以上の約38ケルビンで超伝導になることが2009年に報告されていました。このような急激な転移温度の上昇は他の鉄系超伝導体では観測されておらず、この例外的な物質での異常なふるまいを理解することが高温超伝導発現機構を解明する一つの鍵と考えられ、世界的に精力的な研究がおこなわれています。

研究成果の内容と意義

 この課題に取り組むため、芝内教授らのグループは純良な単結晶のセレン化鉄における、高圧力の条件下での物性の研究を始めました。本研究は、上床教授ら所有のキュービックアンビル高圧装置という装置を用いて(図2)、15万気圧に及ぶ圧力をかけた状態で試料を冷却し、電気抵抗の温度依存性と磁場を加えたときの電気抵抗の温度依存性を測定しました。物質の結晶構造が変化したり、物質に磁性が発現したりした際には電気抵抗の振る舞いに変化が生じます。電気抵抗のこのような変化を追跡することで、秩序が形成される温度や超伝導になる温度がわかります。測定の結果、2万気圧程度から生じる磁性の発現する温度が4万気圧程度まで上昇し、そこから低下していき、6万気圧程度で消失することが初めて明らかとなりました。さらに、この磁性が消失するあたりから急激に超伝導転移温度が高くなり、さらに高い圧力では超伝導が消失していくことを観測しました(図3)。本研究により、この物質では常圧において存在しなかった磁性相が、圧力中で超伝導とより高い温度を奪い合うように競合的なライバル関係を示した結果、磁性が消失するのに伴い超伝導転移温度の急激な上昇へとつながっていることがわかりました。このことは、磁性を抑制することが、高温超伝導を実現することへの重要な要素であることを意味しており、銅酸化物高温超伝導体の化学置換効果とある種の共通点が見られることから、高温超伝導発現機構の統一的理解に向けての大きな一歩といえます。

発表雑誌

雑誌名:2016年7月19日付け 英国科学誌「Nature Communications」
論文タイトル:
Dome-shaped magnetic order competing with high-temperature superconductivity at high pressures in FeSe
著者:J.P. Sun, K. Matsuura, G.Z. Ye, Y. Mizukami, M. Shimozawa, K. Matsubayashi, M. Yamashita, T. Watashige, S. Kasahara, Y. Matsuda, J.-Q. Yan*, B.C. Sales, Y. Uwatoko, J.-G. Cheng* and T. Shibauchi*
DOI番号:10.1038/ncomms12146

問い合わせ先

東京大学新領域創成科学研究科物質系専攻
大学院生 松浦 康平(まつうら こうへい)
277-8561 千葉県柏市柏の葉5-1-5東大柏キャンパス
TEL/FAX: 04-7136-3775  Email: matsuura@k.u-tokyo.ac.jp
HP: http://qpm.k.u-tokyo.ac.jp

東京大学新領域創成科学研究科物質系専攻
教授 芝内 孝禎(しばうち たかさだ)
TEL/FAX: 04-7136-3774  Email: shibauchi@k.u-tokyo.ac.jp
HP: http://qpm.k.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1) 鉄系超伝導体セレン化鉄

2008年に東京工業大学の細野秀雄教授の研究グループによって発見された鉄系超伝導体は、その発見より僅か1年足らずでその超伝導転移温度が50ケルビン(摂氏約マイナス223度)を超え、これまでに発見された最高の超伝導転移温度を持つ銅酸化物超伝導体に次ぐ高温超伝導物質であることが明らかとなった。その中でセレン化鉄は、鉄とセレンで構成された二元物質であり、結晶の構造が最もシンプルであるにも関わらず、現代の物性物理の中心的なテーマとなるような現象を発現していることが明らかとなってきており注目を集めている。

(注2) 銅酸化物高温超伝導体

1986年のJ. BednorzとK. Mullerによる発見から始まった銅酸化物高温超伝導体の中には液体窒素温度(77ケルビン、摂氏約マイナス196度)を超える温度で超伝導が実現される物質も含まれ、産業への応用の期待とともに、長年研究されている物質群である。この物質群の超伝導の舞台が、銅と酸素の原子で構成された二次元的な面であることから「銅酸化物」を冠している。これまでにも膨大な研究がされてきているが、この超伝導発現の起源の決定的証拠はなく、現在でもより高い温度で実現する超伝導の探索を行う指針を得るため、この超伝導の理解を目指して研究競争が繰り広げられている。

(注3) 反強磁性とよばれる秩序相

磁性は物質の中にある電子のスピン、すなわち最小単位の磁石が方向を特定のパターンに整列させて形成されるが、このほかにも物質の中では秩序を形成するものがあり、またそのパターンによって多彩な秩序が形成される。反強磁性はスピンが互い違いに並ぶ秩序であり、すべてのスピンが同じ方向に並ぶ強磁性とは対照的な秩序である。超伝導も秩序の一種であるが、他にも電荷の分布がパターンを形成するような電荷密度波(CDW)などがある。このような秩序が実現することで物質の機能的な性質が現れるため、秩序の研究は重要である。また同時に、秩序間の関係を明らかにすることで、秩序が形成されるメカニズムが明らかになることも期待される。

添付資料

(図1)縦軸を温度、横軸を圧力や元素の置換量といったパラメーターとしたときの一般的に鉄系超伝導体において実現する状態をマッピングした図。新規超伝導体に共通して、磁性相の近傍に超伝導が発現することが知られており、このような図での秩序の位置関係などからそれぞれがどのような関係にあるかを理解することが重要となります。

(図2)左:キュービックアンビル。この写真の中央に見えるステージに試料と圧力媒体を封じたセルを設置し、周りに見えるアンビルで圧力を加えます。右:キュービックアンビル高圧装置の加圧部分の概念図。このように、6方向から均等に圧力を加えることで、等方圧性を維持することができます。

(図3)本研究で初めて明らかとなった鉄系超伝導体セレン化鉄の圧力条件下での状態を示す図。図1の一般的な鉄系超伝導体のものと比較すると大きく異なることがわかります。ドーム状に見られる磁性相の消失した先に高い温度で超伝導状態が実現していることがわかります。