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物質が結晶化する瞬間をキャッチ ―世界初!予想外の激しいイオンの運動をX線高速ナノ計測―

 

 

会見日時

2015年12月10日(木)14:00~16:00

会見場所

東京大学本郷キャンパス山上会館(会議室203)

出席者

佐々木裕次 (東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻教授)
松下祐福 (東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻博士課程2年) 

発表のポイント

◆溶液から溶質が結晶化(析出)する直前の過飽和状態(注1)において、数十ナノメートル(注2)のイオン集合体が激しくブラウン運動(注3)していることを世界で初めて観察。
◆全く謎だった過飽和状態に対して、ナノ微小領域を観察できる高速計測法を提案し、激しいイオンの運動と微弱な力場(注4)が存在していることも確認。
◆イオンの過飽和現象が実験的に観察できることになり、将来的には過飽和状態が制御可能となり、過飽和現象を利用した新しい材料開発が大きく進展。

発表概要

 水から氷が析出する現象や、生体内に胆石ができる現象等、液体から固体が現れる析出現象は、食品や医薬、工業製品などの幅広い製品の生産において利用されており、また医療現場においても、タンパク質分子の異常凝集が疾病原因と言われる難病が存在するなど、様々な研究・開発領域に関係する、どこででも起こっている物理化学現象と言えます。この析出過程は、溶解度よりも多くの溶質を含んだ過飽和状態から、結晶核形成(注5)によって開始されると理論的に予測されていました。しかし、イオンなどの溶質の微小運動を高精度に、かつ高速に測定できる計測方法がなかったため、これまでその現場を観察した研究者はいませんでした。
 東京大学大学院新領域創成科学研究科の佐々木裕次教授と大阪大学蛋白質研究所の後藤祐児教授らの研究グループは、X線1分子追跡法(Diffracted X-ray Tracking; DXT)(注6)を応用し、過飽和溶液中のイオンの動きを観察することに世界で初めて成功し、結晶核が生成する直前及び生成の瞬間において、従来の予想に反して、イオンが激しい運動をしていることを明らかにしました。また、この激しい運動を詳しく分析したところ、フェムトニュートン(注7)という非常に微弱な力場が存在していることも確認しました。これらの研究成果により、過飽和溶液状態の根本的メカニズム解明のみならず、過飽和状態の制御や、過飽和現象を利用した新しい材料開発が進むことが期待されます。

発表内容

 溶解度よりも多くの溶質を含む溶液状態、つまり過飽和溶液状態では、結晶核形成から析出現象が開始されると理論的に予測されていました。しかし、今までの実験技術では、結晶化してしまった後の電子顕微鏡写真を静止画として観察する計測手法しかなく、動的な挙動は予想するだけに留まっていました。
 本研究グループが用いた超高感度計測法X線1分子追跡法 (Diffracted X-ray Tracking:DXT)は、直径20-50ナノメートル(nm)の超微小金ナノ結晶の運動をX線回折観察から高速時分割追跡できる1分子計測手法で、1998年に佐々木裕次教授によって考案・実証されました。この1分子計測手法は、現在、世界最高精度で最高速度を誇る1分子動画計測手法です。このDXTは、その名前の通り今までは1分子の高速計測を目的として利用されてきましたが、今回初めて、ナノ微小領域の動態計測にも適用できることが示されました。また、DXTの結果を確認するためにX線小角散乱法 (Small Angle X-ray Scattering:SAXS)も併用しました。SAXSは、溶液中の電子密度をX線散乱現象で計測する物質の構造を観測できる伝統的なX線計測法です。
 今回、過飽和現象を容易に安定に作製できる酢酸ナトリウム過飽和溶液中(6.4モル)に金ナノ結晶を分散させ、溶液中の微小動態変化を高速DXT測定した。DXTは、大型放射光施設 SPring-8(注8)の高輝度白色X線が利用できるBL40XUビームラインにおいて実験を行いました。本実験では、過飽和状態時に存在するといわれるイオン集合体と金ナノ結晶の相互作用を用いて過飽和現象の動的挙動を観察し、高精度な回転運動に着目して解析を行うことで、過飽和溶液状態を詳細に計測することに成功しました。実験結果として、過飽和溶液中では、遅い運動(40mrad/ms)と極めて速い運動(1040mrad /ms)の二つの異なるモードが共存していることを確認しました。特に、この速い運動モードでは、数十ナノメートルのイオン集合体が存在していて、しかも非常に激しく伸縮している状態にあることを示唆しています。SAXS測定の結果からも、そのような大きさの構造体の存在が示唆されました。数十ナノメートルのイオン集合体が存在すること自体は理論的に予測されていましたが、今回初めて実験的に確認されました。また、それが激しい運動をしていることについては予想もされていなかったので新しい発見となりました。
 また、この激しい運動モードを金ナノ結晶に加わる力として換算すると、フェムトニュートン(fN)という極めて微弱な力場が過飽和溶液中に関与していることも確認できました。この極めて動的な溶液現象こそ、結晶化できる濃度の過飽和溶液においてイオンが激しく動くことで、結晶化せずに溶液状態を保持する重要な物理因子であり、この力場が結晶核形成のトリガーであると考えられます。これらの研究成果により、過飽和溶液状態の根本的メカニズム解明のみならず、過飽和状態の制御や、過飽和現象を利用した新しい材料開発が進むことが期待されます。本研究成果は、ネイチャー・パブリッシング・グループ(Nature Publishing Group)電子ジャーナル「Scientific Reports」のオンライン速報版で12月14日に公開されます。
 なお、本プレス発表は、東京大学、大阪大学蛋白質研究所、及び、(公財)高輝度光科学センター(SPring-8/JASRI)との共同発表です。また本研究は、平成26年度(2014年度) 採択の科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型)「3D活性サイト科学」(領域代表 奈良先端科学技術大学院大学 大門寛 教授)の研究課題名「バイオロジーにおける3D活性サイト科学 」(研究代表 佐々木裕次 教授)の支援を受けて実施されました。

発表雑誌

雑誌名: Scientific Reports (Nature Publishing Groupの電子ジャーナル)
論文タイトル: Time-resolved X-ray Tracking of Expansion and Compression Dynamics in Supersaturating Ion-Networks
著者: Y. Matsushita1, H. Sekiguchi2, K. Ichiyanagi3, N. Ohta2 K. Ikezaki1, Y. Goto4, Y. C. Sasaki1,2 *(Corresponding author: Y. C. Sasaki)
1 東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻, 2公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI), 3高エネルギー加速器研究機構, 4大阪大学蛋白質研究所
DOI番号:10.1038/srep17647
アブストラクトURL:www.nature.com/articles/srep17647

問い合わせ先

東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻
教授 佐々木裕次
〒277-8561 千葉県柏市柏の葉5-1-5 新領域基盤棟609 (7A2号室)電話: 04-7136-3856 メール:ycsasaki@k.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1) 過飽和現象とその利用例
通常の溶液が溶かすことができる物質量の限度を超えているにも関わらず、結晶化することなく安定的に存在できる溶液現象です。この現象は無機材料から有機物質、さらにはタンパク質分子まで幅広い溶液群に見られます。過飽和現象は、結晶化技術の中核を担うだけでなく、潜熱現象(結晶化する際の発熱現象)を応用した熱貯蔵技術や、難溶性薬物の効率的な体内輸送を目的とした薬剤開発、ナノ材料作成時の形態制御(形やサイズ、単分散性)など、医療から産業分野まで幅広く応用されています。

(注2) 数十ナノメートル ナノ
(nano、記号: n)は国際単位系 (SI) における接頭辞の一つで、基礎となる単位の10-9倍(=十億分の一、0.000000001倍)の量です。10ナノメートル = 0.00000001メートル。

(注3) ブラウン運動
溶液中に存在する微小粒子(ここでは金ナノ結晶)に見られるランダムな粒子の動き(回転と並進)。ブラウン運動の解析から、溶液の粘性や密度、流速などの詳細な情報を求めることができます。

(注4) 力場
物体に働く力が物体の位置によって一義的に定まる空間領域。今回の計測では、基本的にイオン集合体のブラウン運動を計測しています。通常の自由ブラウン運動では、力場はなく、全くの自由な運動をしている運動と時間の関係が計測されます。今回の実験結果では、時間とともに運動が増大される効果が確認されました。この力場がイオン集合体の形成に関わっていると考えられます。

(注5) 結晶核形成
結晶成長の初期段階として知られ、過飽和溶液中で数個~数十個の分子が規則的に配列する現象。古典的には結晶核形成は分子が瞬間的に配列する1段階プロセスとして述べられてきましたが、近年では結晶核形成の前に規則性配列を持たない数個~数十個の分子集合体を経由して生じる2段階プロセスであることが理論計算などで予測されました。特に、この分子集合体の物理特性解明こそが結晶化現象の詳細な理解に不可欠だと考えられています。

(注6) X線1分子追跡法 (Diffracted X-ray Tracking; DXT)
数十ナノメートルの金ナノ結晶を動態特性の評価をしたい分子や集合体に標識し、金ナノ結晶の動きを、金ナノ結晶からのX線による回折ラウエ斑点の動きとして高速時分割追跡する手法。佐々木裕次教授が1997年に考案し、2000年に発表し、今までに多くのタンパク質1分子の内部運動を計測して発表してきました(Physical Review Letters, Physical Review, BBRC, Cell, Biophysical J., Scientific Reports 等)。原理図は下図。今回の実験結果は、DXT法の「高速性」と「動態計測」という特徴を生かして、タンパク質分子以外に標識(共存)させた初めての測定例。動的なイオン集合体(不均一構造)を検出する方法は現在のところ、DXTしか成功しておりません。

(注7) フェムトニュートン
フェムト(femto, 記号:f)は国際単位系(SI)における接頭辞の一つで、基礎となる単位の10-15倍(=0.000000000000 001倍、千兆分の一)の量です。ニュートン(newton, 記号: N)は、国際単位系 (SI) における力の単位。1ニュートンは、1キログラムの質量をもつ物体に1メートル毎秒毎秒 (m/s2) の加速度を生じさせる力。例えば、ナノ粒子のブラウン運動を抑えることのできる力が数フェムトニュートン(1kg のおもりに働く重力の1京分の1)と言われており、これはナノ粒子に働く重力や粘性力よりも大きいと言われています。

(注8) SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、(公財)高輝度光科学センター(JASRI)が運転管理を行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っています。