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室温で単一分子を触って‘形を視る’

東京大学

 

 

 

発表者

杉本宜昭(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授)

発表のポイント

原子間力顕微鏡を用いて、
◆有機分子内部の結合手(分子の形)を可視化した。
◆世界で初めて、室温での可視化に成功した。
◆固体表面上で起こる化学反応を直接観察する道を切り拓いた。

発表概要

 東京大学大学院新領域創成科学研究科の杉本宜昭准教授、大阪大学大学院工学研究科の岩田孝太大学院生(日本学術振興会特別研究員)らの研究グループは、固体表面に吸着した有機分子の形を室温で可視化できることを示した。これまで、原子間力顕微鏡(AFM)を用いた有機分子の高分解能観察は、極低温環境下に限られていた。今回、高感度な原子間力顕微鏡を用いることで、室温でも有機分子の高分解能観察が可能であることが初めて示された。これにより、固体表面で起こる化学反応を単分子レベルで直接観察できるようになる。例えば、触媒表面で、どの分子がどこでどのように反応するのかを、直接観察できるようになり、触媒反応過程の理解が進み、よりよい触媒材料の開発につながることが期待できる。

 

発表内容

 原子間力顕微鏡(AFM)は、鋭い針を観察対象に近づけて、針先端の原子と表面の原子との間に働く相互作用力を測定することで、表面を観察する顕微鏡である。AFMでは、針に取り付けられた板バネのたわみを検出することによって、相互作用力を測定する(図1)。光学顕微鏡が、光を使って対象を視るのに対して、AFMでは、鋭い針で触って‘視る’ため、空間分解能が極めて高い。実際、AFMを用いると、金属・絶縁体問わず様々な表面の個々の原子を観察することができる。2009年、IBMの研究者が、AFMを用いることで、表面に吸着した単一有機分子内の結合手(分子の形)を、直接描き出すことができることを報告した。その後、この技術を使い、天然の有機分子の同定、分子内の電荷密度の可視化、結合次数の同定、化学反応後の分子の同定などの研究が立て続けに報告された。しかし、極低温にすることによって熱ゆらぎを抑えた高感度測定が可能になるため、これらの研究は全て-268℃という極低温環境下で行わざるを得なかった。
 本研究グループは、室温でもAFMによる観察ができるようにすることを目指した。これまでの研究では、相互作用力を検出するための板バネのたわみを電気的に測定していたが、本研究では、レーザーでたわみを測定することにより、より高感度に相互作用力を測定することが可能になった。その結果、単一有機分子内の化学結合手に対して、室温での観察を世界で初めて実現した。
 実験には、シリコン表面に吸着したPTCDA分子(注1)を用いた。図2に示すように、分子の端にある酸素原子が表面のシリコン原子と結合して、架橋構造をとっている。これをAFMで観察したところ、図3(b)に示すように、5つのベンゼン環の炭素原子同士を結ぶ結合手が可視化された。このAFM像では、白く表示されている箇所は、針に斥力が働いているところである。シリコン表面に吸着したPTCDA分子の電荷密度の理論計算の結果(図3(c))からも、炭素原子同士を結ぶ結合手の部分で電子濃度が高く、針が近づくと電子同士の反発により大きな斥力が働くことが示された。したがって、実験で得られた画像は理論的にも妥当なものであることがわかった。このように、高感度なAFMを用いることによって、室温でさえも有機分子の形を明瞭に描き出せることが示された。
 今回初めて室温で有機分子の超高分解能観察が可能になったことで、極低温に冷却することなく、より簡便に分子の同定などが行えるようになった。また、室温環境で起こる化学反応をその場で観察する道が切り拓かれた。例えば、触媒表面での化学反応をその場で観察することが可能になる。触媒反応は特定の場所で進行することが知られているので、どの分子がどこでどのように反応するのかを追跡できる。これにより、触媒反応の理解が飛躍的に進むため、よりよい触媒材料の開発につながることが期待される。

発表雑誌

雑誌名:「Nature communications」(7月16日)
論文タイトル:Chemical structure imaging of a single molecule by atomic force microscopy at room temperature
著者: Kota Iwata, Shiro Yamazaki, Pingo Mutombo, Prokop Hapala, Martin Ondracek, Pavel Jelinek, Yoshiaki Sugimoto*
DOI番号:NCOMMS8766

問い合わせ先

東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授 杉本宜昭
TEL: 04-7136-5470
E-mail : ysugimoto@k.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1)PTCDA分子: 3,4,9,10-ペリレンテトラカルボン酸二無水物のこと。
図3(a)に構造モデルを示す。

添付資料

図1 原子間力顕微鏡(AFM)の模式図

 

図2 シリコン表面に吸着したPTCDA分子の構造モデル a 上から見た図、b 横から見た図

 

 

 

 

図3 a :PTCDA分子の構造モデル、b :PTCDA分子の室温AFM像、

c :理論計算による電子濃度マップ