お知らせ

研究成果

超伝導ゆらぎによる巨大熱磁気効果の発見

投稿日:2014/12/02
  • ニュース
  • 研究成果
  • 記者発表

平成26年12月1日
京都大学
東京大学
大阪大学
独立行政法人 日本原子力研究開発機構

 

ポイント

○磁場中で縦方向の温度差を横方向の電圧に変換する機能である「熱磁気効果」は、超伝導体の転移温度以上で観測されるが既往研究ではその効果は小さい
○ウラン化合物の超伝導物質において、従来の理論値に比べ100万倍にも達する巨大な熱磁気効果を観測した
○この巨大熱磁気効果のメカニズムは、この物質における新奇な超伝導に関連した新しいタイプの超伝導ゆらぎに由来する

発表の概要

 山下卓也 京都大学大学院理学研究科博士後期課程院生、住吉浩明 同院生、松田祐司 同教授、芝内孝禎 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授(京都大学大学院理学研究科客員教授兼任)、藤本聡 大阪大学大学院基礎工学研究科教授は、芳賀芳範 日本原子力研究開発機構原子力科学研究開発部門先端基礎研究センター研究主幹らと共同で、ある種のウラン化合物超伝導体では、熱磁気効果がこれまでの超伝導体よりも桁違いに大きくなることを発見しました。熱磁気効果とは、磁場中において縦方向の温度差を横方向の電圧に変換する機能(熱電変換)のことであり、今回得られた巨大熱磁気効果は、物質が超伝導状態を示すようになる温度(超伝導転移温度)よりも少し高い温度で形成された「超伝導の泡」(超伝導ゆらぎ)に由来します。この巨大熱磁気効果は、ウラン化合物における超伝導の泡が示す、従来の超伝導体にはない新奇な幾何学的構造による電子の散乱過程によって説明できます。このような新しいメカニズムに基づく熱磁気効果が観測されたことにより、新奇超伝導ゆらぎを基盤とした熱電変換材料への応用の可能性が示唆されます。
 この研究成果は、2014年12月1日(英国時間)付け、英国科学誌「Nature Physics」の電子速報版に掲載されました。

研究の背景と経緯

 ある種の物質を冷やしていくと低温で2つの電子がペア(クーパー対)を組み、電気抵抗がゼロとなる超伝導状態が実現します。しかし、超伝導転移温度以下でのみこのペアが形成されるわけではなく、転移温度より少し高い温度でも、熱ゆらぎの効果によりこのペアは形成されます。この熱ゆらぎ(※1)によるペアは、泡のように生成・消滅を繰り返し、その結果、超伝導状態の前兆ともいえる「超伝導ゆらぎ」が発現します。この超伝導ゆらぎは、様々な物理量に影響を与えます。特に磁場中の熱電変換効果の一種である熱磁気効果(ネルンスト効果)(※2)は、超伝導ゆらぎの性質を調べる上で重要な物理量として知られています。通常の超伝導体では、この熱磁気効果の大きさ自体はあまり大きなものではなく、熱電変換材料(※3)としてはあまり注目されていませんでした。
 本研究ではウラン化合物超伝導体URu2Si2(U:ウラン、Ru:ルテニウム、Si:ケイ素)の超純良試料を用い、超伝導ゆらぎに起因した熱磁気効果を精密に測定しました。その結果、試料の純良性が増すほど、超伝導ゆらぎの効果は熱磁気効果に顕著にあらわれました。これは、超伝導体においてこれまで観測された実験結果と定性的に異なっています。さらに、熱磁気効果の大きさは、従来の超伝導体を良く説明するゆらぎの理論から予想される値の100万倍に達することもわかりました。URu2Si2の超伝導では、クーパー対を形成する2つの電子が、互いの周りを右回り、または左回りのどちらか一方向に回転している新奇な超伝導状態が実現していると考えられています。このような超伝導体はカイラル超伝導体と呼ばれており、そのクーパー対は従来の超伝導体にはない新奇な幾何学的構造を持ちます。このようなカイラル超伝導体では、超伝導の泡の表面を流れるペア電子によって、伝導電子が散乱されます(図)。この散乱過程に基づいた新しい理論によって、本実験結果は定量的に説明されることが明らかになりました。

図 : 熱磁気効果を引き起こす新しいメカニズムの概念図。左右に温度差をつけて左から右に熱流を流し、紙面に垂直に磁場をかけたときに上下に電圧が発生する。超伝導の泡(超伝導ゆらぎ)の表面を流れるペア電子によって伝導電子が散乱される。

研究成果の意義

 本研究の結果は、カイラル超伝導状態という新奇な超伝導状態を、超伝導ゆらぎを通して初めて観測したものです。従来の超伝導体にはなかった新しいメカニズムによる超伝導現象を見出したものであり、今後の超伝導基礎研究の発展につながることが期待できます。
 また、巨大熱磁気効果により、熱電変換効率の指標となる性能指数が従来の物質と比べて非常に大きくなることがわかりました。我々の見積もりでは、1テスラ(10000ガウス)の磁場、1.5ケルビン(約マイナス272℃)において、無次元性能指数(※4)が実用化の目安になる1に達することから、この物質は低温における熱電変換効率が極めて優れているといえます。今後の展望として、本研究で見いだされた新しいタイプの超伝導ゆらぎのメカニズムを利用した、熱電変換材料の開発・応用が期待されます。

発表雑誌

書誌情報:英国科学誌 Nature Physics
論文タイトル:「Colossal thermomagnetic response in the exotic superconductor URu2Si2
著者:T. Yamashita, Y. Shimoyama, Y. Haga, T. D. Matsuda, E. Yamamoto, Y. Onuki, H. Sumiyoshi, S. Fujimoto, A. Levchenko, T. Shibauchi, and Y. Matsuda
DOI: 10.1038/nphys3170

問い合わせ先

京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻
大学院生 山下卓也、大学院生 住吉浩明、教授 松田祐司
TEL/FAX: 075-753-3790  Email: matsuda@scphys.kyoto-u.ac.jp
URL: http://kotai2.scphys.kyoto-u.ac.jp/

東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授 芝内孝禎
TEL/FAX: 04-7136-3774  Email: shibauchi@k.u-tokyo.ac.jp
URL: http://qpm.k.u-tokyo.ac.jp/

大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻 教授 藤本聡
TEL: 06-6850-6440  Email: fuji@mp.es.osaka-u.ac.jp

日本原子力研究開発機構原子力科学研究開発部門先端基礎研究センター
研究主幹 芳賀 芳範
TEL: 029-282-6735  FAX: 029-282-5939  Email: haga.yoshinori@jaea.go.jp

用語解説

 (※1) 熱ゆらぎ
 ゆらぎとは、物理量の空間的、時間的な平均値からのずれである。熱ゆらぎとは外部の熱エネルギーによって、引き起こされるゆらぎを意味する。ここでは、外部の熱エネルギーは温度を意味する。

(※2) 熱磁気効果(ネルンスト効果)
 熱電効果の一種。通常の熱電効果は温度差と同じ方向に電圧が発生する(ゼーベック効果)が、物質にz方向に磁場をかけ、x方向に温度差をつけ熱流を流した時に、y方向に電位差が生じる現象を熱磁気効果(ネルンスト効果)とよぶ。生じた単位長さあたりの電位差を熱勾配と磁場の大きさで割った値がネルンスト係数とよばれるもので、熱磁気効果の大きさの目安となる。

(※3) 熱電変換材料
 温度差を電圧に変換したり、電流により温度差を発生させたりすることが可能な材料。排熱を利用したクリーンなエネルギー源や、ポンプなどの動力を用いない冷凍機への応用などが期待できるため、注目を浴びている。

(※4) 無次元性能指数
 熱電変換材料において、熱と電気の相互変換の効率を決める目安。熱電係数、電気伝導率、熱伝導率、絶対温度によって決まる無次元の量。熱電変換材料が実用化されるにはこの無次元性能指数が1を超えることが必須条件とされている。