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動物の動く速さをコントロールする。-動物の運動速度を支える神経回路の解明-

会見日時

2014 年 10 月16 日(木) 14:00 ~ 16:00

会見場所

東京大学 本郷キャンパス理学部一号館205 室

出席者

高坂 洋史(東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻 助教)
能瀬 聡直(東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻 教授)

発表のポイント

◆動物の動く速さを支える神経回路をショウジョウバエ幼虫において遺伝学的手法を用いて発見した。
◆動物が速さを制御する神経回路機構を、行動中の動物において細胞レベルで初めて示した。
◆ヒトを含むさまざまな動物種において、適切なパターンで身体の動きを生み出すために必要な神経回路機構の理解への貢献が期待できる。

 

発表概要

 動物の動く速さは、神経回路によってコントロールされています。適切な速さで動くことは、動物が生きていく上で欠かせませんが、これまでに神経回路がどのように運動する速さを制御するのか、そのしくみはほとんどわかっていませんでした。
 今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻の高坂洋史助教と能瀬聡直教授らの研究グループは、ショウジョウバエ幼虫の運動回路をモデルとして、オプトジェネティクス(注1)と呼ばれる、光を用いて特定の神経細胞の活動を操作する方法を用いて、適切な運動速度を支える神経細胞群(PMSIs)の同定に成功しました。この細胞は、個々の運動神経細胞の活動を適切なタイミングで抑制し、筋肉が縮む時間をコントロールすることによって、 幼虫の身体全体の動く速さを制御していました。この結果により、運動速度を制御する神経回路機構の一端が明らかになりました。
 ショウジョウバエ幼虫は、身体の後ろから前にかけて順に筋収縮する運動パターンを示しますが、類似の神経活動パターンは、魚類から哺乳類にかけても見られます。興味深いことに今回発見したショウジョウバエ幼虫の神経細胞と非常に特徴の似ている神経細胞が、魚類、両生類、哺乳類の運動回路にも見出されていることから、本研究は、動物種を超えて共有されている運動速度を担う神経機構の解明に大きな影響を与える成果だと期待できます。

 

発表内容

 自然界は、歩く、走る、泳ぐ、はう、飛ぶ、など動物たちのさまざまな動きに満ちています。これらの動きは、体中のさまざまな筋肉が、神経回路によって巧みにコントロールされることによって生み出されます。神経回路は、非常にたくさんの神経細胞からなるネットワークによって作られており、個々の神経細胞が他の神経細胞を適切な順序に従って興奮させるまたは抑制することで、回路全体が、特定の運動パターンを生み出します。
 動物はさまざまな速さで動きます。適切な速さで動くことは、エサやなわばりの確保、配偶行動などにおいて非常に重要なため、速さを制御する神経回路は進化の過程で洗練されてきていると考えられます。ところが、これまでに動物の速さを制御する神経回路についてはほとんど明らかになっていません。その理由として、神経ネットワークを構成する膨大な数の神経細胞の中から、速さを制御している細胞を見つけ出し、その役割を明らかにすることが技術的に難しいことが挙げられます。また、神経細胞は数マイクロメートル(1 マイクロメートル= 0.001 ミリメートル)という小ささであるのに対し、動物は数ミリメートルからメートルという大きさを持つので、スケールの違う両者の関係を調べることも容易ではありません。
 今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻の高坂洋史助教と能瀬聡直教授らの研究グループは、ショウジョウバエ幼虫の運動回路を用いて、遺伝学的手法を駆使して、運動する速さを司る神経細胞 (PMSIs と命名)を見つけ出すことに成功しました。
 ショウジョウバエ幼虫は、尾端の体節から頭端の体節にかけて順々に筋収縮するぜん動運動という動きを示します。この動きは、筋肉細胞の収縮を指令する運動神経細胞が、尾端の体節から頭端の体節へと順々に活動することによって生み出されます。この運動神経細胞の活動を制御している神経細胞を見つけるために、高坂助教らは、特定の細胞のみで遺伝子発現を誘導するGal4-UAS システムという遺伝学的方法を用いて探索を行ったところ、PMSIs という介在神経細胞の同定に成功しました。PMSIs は運動神経細胞にシナプス接合を形成していました。次に、PMSIs が活動すると運動出力がどのような影響を受けるのかを調べるために、オプトジェネティクスという手法を用いて、運動中のショウジョウバエ幼虫のPMSIs の神経活動を光を用いて活性化したところ、興味深いことにショウジョウバエ幼虫の動きがピタッと止まりました。これは、PMSIs が運動神経細胞の活動を強力に抑制できることを示しています。そこで、正常な行動中においてPMSIs がどのような役割を果たしているのかを調べるために、PMSIs の活動を強制的に不活性化した場合に運動出力にどのような変化が現れるのか を調べました。すると、幼虫の運動速度が遅くなることが観察されました(図1)。これは、幼虫が適切な運動速度で動くためには、PMSIs の適切な活動が必要であることを示していま す。さらに、動物のスピードの変化として現れたこれらの効果が、回路内部のどのような変化 によるものかを細胞レベルで調べたところ、PMSIs が活動できないと、個々の体節の運動神 経、および筋肉細胞が活動している時間幅が長くなっていることが分かりました。個々の体節が活動している時間が長いと、身体の軸に沿って個々の体節の筋収縮が順々に伝わっていくの に時間がかかるため、結果として運動速度が遅くなるものと説明できます(図2)。これは、PMSIs が運動神経の出力を短く制限することで、運動速度を制御していることを示唆します。以上の結果により、運動回路の中で、PMSIs が適切な運動速度を生み出す機構が明らかになりました。
 ショウジョウバエ幼虫の示す、身体の後ろから前にかけて順に筋収縮する運動パターンは、脊椎動物にも見られます。興味深いことに、今回ショウジョウバエ幼虫で見出されたPMSIs と非常に性質の似ている神経細胞が、魚類、両生類、哺乳類の運動回路にも見出されています。これらの脊椎動物の神経細胞とPMSIs は、運動神経細胞にシナプスを形成し、左右の片側に局所的に神経突起を伸ばし、抑制性の神経伝達物質を用い、運動回路の作動中にリズミカルに活動する、という共通した特徴を備えています。このことから、運動速度の制御には、種を超えた共通の機構が使われていることが強く示唆され、本研究が運動制御の原理の解明に大きく貢献することが期待されます。
 本研究に用いたショウジョウバエ系統は、ナショナルバイオリソースプロジェクト「ショウジョウバエ」の一環として、京都工芸繊維大学で維持されている系統を用いました。また、 この研究成果は、東京薬科大学との共同研究によるものです。本研究は、文部科学省科学研究 費補助金新学術領域研究「メゾスコピック神経回路から探る脳の情報処理基盤」(研究代表:能瀬聡直)、「包括型脳科学研究推進支援ネットワーク」(研究分担:能瀬聡直)および 日本学術振興会 若手研究(B)(研究代表:高坂洋史)の支援を受けて実施されました。

 

発表雑誌

雑誌名:「Current Biology」オンライン版: 10 月16 日号
論文タイトル:A group of segmental premotor interneurons regulates the speed of axial locomotion in Drosophila larvae.
著者:Hiroshi Kohsaka, Etsuko Takasu, Takako Morimoto & Akinao Nose*.

問い合わせ先

東京大学大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻 教授
能瀬聡直(のせあきなお)
Tel: 04-7136-3919 または03-5841-8724/ email: nose@k.u-tokyo.ac.jp / FAX: 04-7136-3919

 

用語解説

(注1)オプトジェネティクス
可視光(オプト)と遺伝学(ジェネティクス)を組み合わせて、神経細胞の活動を光によって操作・計測する手法。狭義には、光により神経活動を制御する技術を指す。オプトジェネティクスを行なうために、特定の色の光に反応して電流を流す特徴を持つ膜タンパク質を、遺伝子操作により特定の神経細胞群に発現させる。すると、適切な色の光を照射することで、動物個体中の特定の神経細胞の活動を、増加させたり抑制させたりすることができる。

 

添付資料