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イモムシの多様な紋様が生じるメカニズムを解明 ―たったひとつの遺伝子で制御―

発表者

藤原 晴彦(東京大学大学院新領域科学研究科先端生命科学専攻 教授)
依田 真一(東京大学大学院新領域科学研究科先端生命科学専攻 大学院生)

発表概要

 蝶や蛾の幼虫(イモムシ)の体表に見られる目玉紋様は捕食者に対する警告的なシグナル、またカイコガの幼虫(カイコ)の祖先種クワコ(注1)に見られるような茶褐色の紋様は枯れ枝にカモフラージュしているといわれています。カイコではこのような幼虫の紋様に加えて、合わせて15もの異なる紋様は染色体の特定の位置を占めている(p遺伝子座)突然変異に由来することが古くから知られていました。このような多様な模様はp遺伝子座の未知の遺伝子が生み出していると考えられてきましたが、その実体はこれまで全くわかっていませんでした。
 今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科の藤原晴彦教授と依田真一大学院生らの研究グループは、多様な幼虫の紋様が一つの遺伝子によって創出されるメカニズムをカイコの突然変異体を用いて解明しました。分子生物学的な解析手法を駆使した結果、この遺伝子はApontic-likeという新規の転写因子(注2)であることがわかりました。apontic-like遺伝子の発現が幼虫の体表で変化することによりさまざまな紋様が体表に現れる一方、この遺伝子はアゲハなど他種のイモムシの紋様形成にも関わっている可能性が示されました。
 今回の成果は、ある祖先種などからさまざまな形質をもった生物群が生じるような進化(分岐進化)や系統的に離れた生物間で似たような形質が生じるような進化(収斂進化)の基盤となっている遺伝的な背景を創出するメカニズムを研究する上で重要な知見をもたらし、イモムシの体表の紋様の研究が進化学や生態学の分野に大きな影響を与える優れたモデルとなりうることを示しました。また、本成果の応用は将来的には食植性害虫である蝶や蛾の幼虫の駆除法の開発にもつながる可能性も期待されます。
 この成果は、イギリスの科学雑誌「Nature Communications」オンライン2014年9月18日号で公開されます。

発表内容

 自然界には、近縁種であるのに全く異なった形や色がみられる場合や、逆に系統的に離れた種が互いに似通った形質を示す場合もあります。このような分岐進化や収斂進化には遺伝的多型性(注3)が関与していますが、その背景にある分子メカニズムはこれまでほとんどわかっていませんでした。蝶や蛾の幼虫の背側には、目玉のように見える対になった紋様(写真1:カイコのp遺伝子座の突然変異体「形蚕」+pの幼虫)が見られることがあり、これは警告的なシグナルとして鳥や小型の動物の捕食から免れる働きをしているといわれています。一方、カイコの祖先種のクワコ(注1写真1)には茶色い筋状の複雑な紋様が見られ、枯れ枝に似せているように見えます。興味深いことに、カイコのp遺伝子座と呼ばれる染色体の位置での突然変異にはこのクワコの紋様に似た「暗色」(pM)の体表が現れることが知られています。p遺伝子座にはこれらを入れて合計で15種類もの紋様の突然変異体が知られており、特定の未知遺伝子がこのような多様な形質を生み出していると考えられてきましたが、その実体はこれまで全くわかっていませんでした(写真3p遺伝子座の4つの異なる突然変異体)。
 今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科の藤原晴彦教授と依田真一大学院生らの研究グループは、イモムシ体表の多様な紋様がたった一つの遺伝子によって創出されるメカニズムを解明しました。研究グループは、まずp遺伝子座に属する3つの突然変異体(全く紋様のない姫蚕p、目玉模様が見られる形蚕+p、全身が黒い黒縞pS)を用いて、原因遺伝子の領域を連鎖解析(注4)により同定しました。その結果、この領域にはこれまでに知られていない遺伝子が存在していました。この新規な遺伝子は、心臓や顎の形成など多様な発生現象に関与する転写因子Aponticに構造が似ていることからApontic-likeと命名しました。apontic-like遺伝子が発現している領域を調べると、体表の黒い紋様の領域で強く発現している一方で、模様のないところでは発現が抑制されていました。研究グループが最近開発した新たな遺伝子導入技術(注5)を用いて、この遺伝子をカイコの真皮細胞(注6)に導入して発現させると、白い皮膚の領域が黒くなりました。逆に、apontic-likeの発現を抑制させると、体表の黒い領域が白くなりました。これらの結果は、apontic-likeが発現する領域でメラニンなどの合成酵素が働くようになり、黒い紋様が形成されたことを示します。さらに、別の解析から、多様な発生現象に関わるWnt1(注7)に対するapontic-likeの応答の有無が、白い姫蚕pと目玉模様の形蚕+pの違いを生じさせることが判明しました。
 興味深いことに、apontic-likeはカイコを含む蝶や蛾(鱗翅目昆虫)には存在する一方で、その他の昆虫にはapontic-likeと明瞭な類似性を示す遺伝子は見当たりませんでした。このことは、apontic-likeが鱗翅目昆虫で独自に進化してきた可能性を示唆します。他の蝶でもapontic-likeが似た働きをしているのかを調べるために、アゲハチョウのapontic-likeをカイコの皮膚で発現させると体表の黒色化を誘導しました。以上の研究結果は、広範な鱗翅目昆虫の幼虫でapontic-likeが多様な紋様の形成に関わっており、捕食者から逃れる適応戦略の中で重要な役割を果たしてきたことを示唆します。遺伝的多型性が個別の適応戦略にどのように組み込まれてきたか、その進化の過程を分子レベルで探る上で、イモムシの体表の紋様は今後も格好の研究素材となりうると期待されます。
 本研究に用いたカイコの変異系統は、ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)「カイコ」の一環として九州大学大学院農学研究院附属遺伝子資源研究センターで維持されている系統を用いました。また、この研究成果は、九州大学と農業生物資源研究所との共同研究によるものです。本研究は主に新学術領域「複合適応形質進化の分子基盤」の計画研究「昆虫の擬態紋様形成の分子機構と進化プロセスの解明」(研究代表:藤原晴彦)の支援を受けて実施されました。

 

発表雑誌

雑誌名:「Nature Communications」オンライン版:9月18日号
論文タイトル:The transcription factor Apontic-like controls diverse coloration pattern in caterpillars.
著者:Shinichi Yoda, Junichi Yamaguchi, Kazuei Mita, Kimiko Yamamoto, Yutaka Banno, Toshiya Ando, Takaaki Daimon & Haruhiko Fujiwara
DOI番号10.1038/ncomms5936

 

問い合わせ先

東京大学大学院新領域科学研究科先端生命科学専攻
教授 藤原晴彦(ふじわら はるひこ)
Tel: 04-7136-3659 / email:haruh@k.u-tokyo.ac.jp / FAX: 04-7136-3661

 

用語解説

注1 クワコ: カイコの祖先種とされる鱗翅目昆虫で、桑畑などで野生種として生息する。

注2 転写因子: DNAの特定の場所に結合して、その近傍にある遺伝子の転写を調節するようなタンパク質。

注3 遺伝的多型性:同じ生物種集団の中に、遺伝子型の異なる個体や遺伝子が存在すること。

注4 連鎖解析: 遺伝的なマーカーを用いて、形質の原因となる領域を限定する遺伝学的手法。今回はSNP(1塩基多型)を用いて、p遺伝子座の原因領域を限定することに成功した。

注5 遺伝子導入技術:エレクトロポレーション(電気穿孔法)によって、DNAやRNAを個体の組織や細胞に入れて影響を調べる手法。 参考文献:Ando & Fujiwara (2013) Development, 140, 454-458.

注6 真皮細胞: 昆虫体表のクチクラの下に広がる一層の細胞群。体表を彩る色素などをクチクラタンパク質とともに分泌する。

注7 Wnt1: 昆虫からヒトにいたる広範な生物で、胚発生から後期発生に至る多様な発生局面で働く重要な遺伝子。哺乳類などではガンの発症に関わる遺伝子としても知られる。

 

添付資料

写真1

形蚕(+p)に見られる目玉模様
第2、5、8の各体節に目玉のような紋様が見える。

写真2

クワコの枝型擬態
茶色い筋上の複雑な模様が枯れ枝に似せているように見える。

写真3

カイコのp遺伝子座に属する4つの突然変異体
姫蚕:全く模様が見られない。
形蚕:特有な斑紋がいくつかの体節にみられる。(写真1)
暗色:クワコの体表の紋様に類似している。
黒縞:各体節が黒い太い縞で覆われている。
これ以外に模様の異なる11種類の突然変異体が知られている。