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研究成果

リチウムイオン電池材料LixCoO2における酸素ホールの重要な役割を解明

投稿日:2013/08/23
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発表者

溝川貴司(東京大学大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻 准教授)

発表のポイント

◆放射光による軟X線吸収分光法(注1)を用いてリチウムイオン電池の正極材料であるLixCoO2を研究し、酸素2p軌道のホール(酸素ホール、注2)がリチウムイオンの伝導において重要な役割を果たすことを世界で初めて解明しました。
◆LixCoO2の複雑な電子構造を理解する上で酸素ホールという新しい概念が重要であることを示し、正極材料としての性能との関係を明らかにしました。
◆今後、酸素ホールに注目することによって、さらに高性能のリチウムイオン電池の開発につながる可能性があります。

発表概要

 リチウムイオン電池の正極材料として広く利用されているLixCoO2の電子状態は大変複雑であり、その複雑な電子状態と高性能な電極特性との関係は大きな謎として残されていました。
東京大学大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻の溝川貴司准教授、島根大学大学院総合理工学研究科の三好清貴准教授・竹内潤教授、ブリティッシュコロンビア大学のG. A. Sawatzky教授を中心とする研究グループは、カナダ放射光施設Canadian light sourceでの軟X線吸収分光実験によってLixCoO2での酸素2p軌道のホールがリチウムイオンの伝導において重要な役割を果たしていることを解明しました。コバルトなどの遷移金属を含む酸化物中での電気伝導やイオン伝導において酸素2p軌道のホールが活躍するという考え方は、リチウムイオン電池の電極材料の開発研究を刺激し、さらに高性能のリチウムイオン電池の開発に寄与するものと期待されます。

発表内容

 リチウムイオン電池は充電式携帯型電池として身近な存在であるだけでなく、電気自動車への応用などエネルギー問題の解決に欠かせない要素となっています。その正極材料として広く利用されているLixCoO2の有効性を初めて示した1980年のMizushima,、Jones、 Wiseman、 Goodenough による画期的な論文の中で、高い原子価を持つ遷移金属酸化物は高い電気伝導性を示し電極材料に適していることが指摘されています。しかしながら、LixCoO2を始めとする高い原子価を持つ遷移金属酸化物の中の電子の振る舞いを実験的かつ理論的に解明することは難しく、どのような微視的機構によってLixCoO2が正極材料に適した機能を示すのか、大きな謎として残されていました。
 東京大学大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻の溝川貴司准教授、島根大学大学院総合理工学研究科・物理材料学領域の三好清貴准教授・竹内潤教授、ブリティッシュコロンビア大学の物理・天文学科のG. A. Sawatzky教授を中心とする研究グループは、カナダ放射光施設Canadian light sourceでの軟X線吸収分光法(注1)を用いてLixCoO2での酸素2p軌道のホールがリチウムイオンの伝導において重要な役割を果たすことを解明しました。Al2O3などの通常の金属酸化物はイオン結晶としての性質が強く、酸素はO2-イオンとなって酸素2p軌道は電子で完全に満たされてしまい、電気伝導には寄与しません。同様に、LixCoO2では各イオンはLi+イオン、 Co3+またはCo4+イオン, O2-イオンとなっていると予想され、コバルトの3d軌道の電子のみが電気伝導を担うと考えられます。一方で、Co4+のように高い原子価を持つ遷移金属酸化物では、酸素2p軌道のエネルギーがコバルト3d軌道に近くなり、酸素2p軌道の電子の一部がコバルト3d軌道に移って、酸素2p軌道のホールが電気伝導を担う可能性もあります。LixCoO2の中の酸素2p軌道が電気伝導やリチウムイオンの伝導において重要な役割を果たしているのかどうか、未解明の問題として残されていました。
 今回の研究では、酸素1s内殻準位の軟X線吸収分光を利用して、酸素ホールについて調べました。酸素1s内殻準位のエネルギーは530eVという軟X線に対応するエネルギー領域にあり、放射光施設での軟X線を利用することによって酸素1s内殻準位の電子が酸素2p軌道のホールへと励起される様子を測定することができます。LixCoO2(x=0.99, 0.66, 0,46, 0.25)の高品質の単結晶を用いて酸素1s内殻準位からの軟X線吸収スペクトルを測定したところ、Co3+およびCo4+イオンに結びついている酸素2p軌道のホールがそれぞれ異なるエネルギーを持つことが分かりました。これは、充電あるいは放電過程でLi+イオンが移動する際に、Li+イオンとは逆方向に酸素2p軌道のホールが移動してLi+イオンが移動する際のエネルギー障壁を小さくすることを示しています。つまり、酸素2p軌道のホールはリチウムイオン電池の正極材料の性能を最大限に引き出す可能性を持っていると示唆されます。
 本研究の成果は、酸素2p軌道のホールを持つ遷移金属酸化物に注目することによって、さらに高性能のリチウムイオン電池の開発につながる可能性を示しています。今後、高い原子価を持つ遷移金属酸化物の酸素ホールを系統的に研究することが望まれます。

発表雑誌

雑誌名:「Physical Review Letters」
論文タイトル:Role of Oxygen Holes in LixCoO2 Revealed by Soft X-Ray Spectroscopy
著者:T. Mizokawa*, Y. Wakisaka, T. Sudayama, C. Iwai, K. Miyoshi, J. Takeuchi,
H. Wadati,  D. G. Hawthorn, T. Z. Regier, G. A. Sawatzky
DOI番号:10.1103/PhysRevLett.111.056404
アブストラクトURL:http://prl.aps.org/abstract/PRL/v111/i5/e056404

問い合わせ先

東京大学大学院新領域創成科学研究科  複雑理工学専攻  准教授  溝川貴司
電話番号:04-7136-3922
電子メールアドレス:mizokawa@k.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1)軟X線吸収分光法
軟X線とは、エネルギーの低いX線のことを指し、エネルギーの高い硬X線よりも空気に吸収されやすい性質をもちます。「軟X線吸収分光法」とは、物質の電子の状態などを明らかにするための方法です。物質を構成する元素の内殻準位に相当するエネルギーを持つX線は、その内殻準位の電子を伝導帯へと励起することによって吸収されます。X線吸収分光法では、シンクロトロン放射光から分光器によって特定のエネルギーを持つX線を取り出して物質に照射し、X線のエネルギーを変えながら物質に吸収されるX線量を測定します。これによって、内殻準位の電子が励起される伝導帯の情報を得ることができます。酸素など軽元素の1s内殻準位はX線の中でもエネルギーが4 keV程度以下の軟X線領域にあり、そのエネルギー領域でのX線吸収分光法を軟X線吸収分光法と呼びます。

 

(注2)酸素2p軌道のホール(酸素ホール)
酸素2p軌道の電子の一部が遷移金属であるコバルトの3d軌道に移動することによって、酸素2p軌道にできる電子の空孔のことを指します。このような電子の移動によってできた空孔はホールと呼ばれ、ホールは物質の電気伝導に寄与します。

添付資料

図:Li+イオンの伝導と酸素ホールの関係。充電あるいは放電過程でLi+イオンが移動する際に、Li+イオンとは逆方向に酸素2p軌道のホールが移動してLi+イオンが移動する際のエネルギー障壁を小さくする。