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イモムシ体表にスポット紋様が生じるメカニズムの解明

発表者

藤原 晴彦(東京大学大学院新領域科学研究科先端生命科学専攻 教授)
山口 淳一(東京大学大学院新領域科学研究科先端生命科学専攻 特任研究員)

発表のポイント

◆どのような成果を出したのか
捕食者に対する警告的なシグナルとして知られるイモムシ体表のスポット紋様が、脱皮の度に繰り返し描き直される分子機構を解明した。
◆新規性(何が新しいのか)
「発生に関わる重要な遺伝子Wnt1注1)が脱皮ホルモン(注2)応答性を獲得することにより、他の発生過程に大きな影響を与えずにスポット紋様を生じさせる」という新規の発生機構を示した。
◆社会的意義/将来の展望
イモムシのスポット紋様が、進化発生学や進化生態学の分野で重要で有力な研究モデルとなりうることが示された。

発表概要

 蝶や蛾の幼虫(イモムシ)の体表に見られるスポット状の紋様は、捕食者に対する警告的なシグナルになっていると言われていますが、その形成メカニズムや脱皮時に描き直されるしくみはほとんど知られていませんでした。今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科の藤原晴彦教授と山口淳一特任研究員らの研究グループは、カイコの突然変異体やキアゲハなどの幼虫を用いて幼虫体表のスポット紋様が生じるメカニズムを解明しました。これらの幼虫では、発生に関わる重要な遺伝子であるWnt1が、脱皮ホルモンに対する応答性を獲得して発現することにより、他の発生過程に大きな影響を与えずに脱皮の度にスポット紋様を生じさせていることが明らかになりました。今回の成果は、スポット紋様を生じさせる発生機構の謎を明らかにしただけではなく、イモムシのスポット紋様の研究が、進化学、発生学、生態学の分野に大きな影響を与えるモデルとなりうることを示すものです。
 この成果は、イギリスの科学雑誌「Nature Communications」オンライン5月14日号で公開されます。

発表内容

 蝶や蛾の幼虫の背側の体節には、スポット状の紋様がみられることがよくあります。目玉のように見える1対の紋様(写真1:クワコ(注3)の幼虫)や、目立つ斑点が並んだ紋様(写真2:キアゲハの幼虫)など、これらは警告的なシグナルとして鳥や小型の動物の捕食から免れる働きをしているといわれています。このようなスポット紋様は、幼虫の体表の表面に分泌されるクチクラ層に描かれていますが、どのように生じるのかはこれまで不明でした。蝶や蛾の成虫の翅にも目玉紋様が見られることがありますが、幼虫は脱皮時にクチクラを脱ぎ捨てるため、紋様をその度に何度も描きなおす必要がある点が翅とは異なります。どのようにして幼虫の紋様は何度も描き直せるのか、そのメカニズムも全く知られていませんでした。今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科の藤原晴彦教授と山口淳一特任研究員らは、これまで未知だったイモムシの体表に見られるスポット紋様が生じるメカニズムを解明しました。
 藤原教授と山口研究員らは、カイコで古くから知られる褐円(L)という、1対のスポット紋様がほぼすべての体節に生じるようになった突然変異体(写真3:通常のカイコは左、褐円系統は右)の原因遺伝子を連鎖解析(注4)により同定しました。その結果、Wnt1という遺伝子の発現を制御する領域に変化が生じ、連続したスポット紋様が生じることが明らかになりました。興味深いことにLのスポット紋様領域では、通常は発現しないWnt1が、幼虫が脱皮する度に繰り返し発現することがわかりました。昆虫の脱皮は脱皮ホルモン(エクジソン)によって引き起こされますが、Lのスポット紋様領域で脱皮ごとに繰り返されるWnt1の発現は、エクジソンの影響を受けるように制御領域が変化したことに起因することが確かめられました。さらに、私たちのグループが最近開発した遺伝子導入技術を用いて、Wnt1をカイコの真皮細胞(注5)に導入して発現させたところ、そこに新たなスポット紋様が生じました。逆にLのスポット紋様領域でWnt1の発現を抑制すると紋様が消失しました。以上の結果は、Wnt1がスポット紋様の形成を上位で指令していることを示します。
 さらに興味深いのは、カイコの祖先種とされるクワコや、カイコとは進化的に縁遠いキアゲハの幼虫のスポット紋様領域でも、Wnt1がスポット紋様領域で特異的に発現していることがわかりました。電子顕微鏡を用いると、これらの幼虫のスポット紋様の中心部には特徴的な突出した微細構造(これをバルジ構造と命名しました)が観察されました。バルジ構造が発生初期に幼虫の体表にまず形成され、脱皮のたびにエクジソンの刺激によってその場所からWnt1タンパク質が周りに広がるように分泌され、Wnt1シグナルの下流にある色素形成遺伝子(注6)の発現が誘導されて、スポット紋様が形成されるメカニズムが想定されました。
 以上の研究結果は、広範な鱗翅目(蝶や蛾)幼虫のスポット紋様がWnt1シグナル経路(注7)によって制御され、その制御システムが進化上保存されてきたことを示唆します。今回の研究成果は、ホルモンがWnt1のような重要な遺伝子の発現制御を、他の発生過程に大きな影響を与えることなく変更させて、適応形質を生み出しうることを明瞭に示した点で先駆的でかつ重要な意味を持ちます。また、イモムシの体表紋様は、スポット紋様だけでなくその他の複雑な紋様が進化上どのように獲得され、また適応戦略に組み込まれてきたか、その進化プロセスを分子レベルで探る上で、今後も格好の研究素材となりうると期待されます。
 この研究に用いたカイコの変異系統は、ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)カイコの一環として九州大学大学院農学研究院附属遺伝子資源研究センターで維持されている系統を用いました。また、この研究成果は、九州大学と農業生物資源研究所との共同研究によるものです。本研究は主に新学術領域「複合適応形質進化の分子基盤」の計画研究「昆虫の擬態紋様形成の分子機構と進化プロセスの解明」(研究代表:藤原晴彦)のサポートを受けて実施されました。

発表雑誌

雑誌名:「Nature Communications」オンライン版:5月14日号(日本時間5月15日0:00)
論文タイトル:Periodic Wnt1 expression in response to ecdysteroid generates larval spot markings on caterpillar.
著者:Junichi Yamaguchi, Yutaka Banno, Kazuei Mita, Kimiko Yamamoto, Toshiya Ando & Haruhiko Fujiwara
DOI番号(※10.1038/ncomms2778)
アブストラクトURL:http://www.nature.com/ncomms/journal/v4/n5/abs/ncomms2778.html
 

問い合わせ先

東京大学大学院新領域科学研究科先端生命科学専攻
教授 藤原晴彦(ふじわら はるひこ)
Tel: 04-7136-3659 / email:haruh@k.u-tokyo.ac.jp / FAX: 04-7136-3660

用語解説

注1Wnt1昆虫からヒトにいたる広範な生物で、胚発生から後期発生に至る多様な発生局面で働く重要な遺伝子。哺乳類などでは発ガンに関わる遺伝子としても知られる。細胞外に分泌されるモルフォゲンタンパク質をコードする。
注2脱皮ホルモン:ステロイドホルモンの一種で、昆虫や節足動物の脱皮や変態を促進するホルモン。エクジソン、エクダイソン、エクジステロイドなどとも呼ばれる。
注3クワコ:カイコの祖先種とされる鱗翅目昆虫で、桑畑などで野生種として生息する。
注4連鎖解析:遺伝的なマーカーを用いて、形質の原因となる領域を限定する遺伝学的手法。今回はSNP(1塩基多型)を用いて、褐円(L)の原因領域を限定することに成功した。
注5真皮細胞:昆虫体表のクチクラの下に広がる一層の細胞群。体表を彩る色素などをクチクラタンパク質とともに分泌する。
注6色素合成遺伝子:黒、赤といったメラニン、黄色などのカロチノイドなど、色の合成に関わる酵素や色素に結合するタンパク質などの遺伝子群
注7Wnt1シグナリング経路:Wnt1の指令によって転写の誘導や機能が活性化される下流の遺伝子やタンパク質

添付資料

写真1 クワコに見られる目玉模様
(5番目と8番目の体節に目玉のような紋様が見える)


写真2 キアゲハ幼虫のスポット紋様
黒い縞の中にオレンジ色のスポットが並んで各体節に見られる



写真3 野生型(通常のカイコ)(左)と褐円(L:突然変異体)(右)のカイコ
野生型のカイコでは、いくつかの体節に特有なスポット紋様が見られるが、褐円では各体節に大きなスポット紋様が見られる。