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薬物運搬用ナノ粒子内の構造解析に世界で初めて成功

平成25年1月29日
科学技術振興機構(JST)
北九州市立大学
東京大学 大学院新領域創成科学研究科
東京慈恵会医科大学 ME研究室
高輝度光科学研究センター(JASRI)
 

発表のポイント

○高分子ミセルは次世代DDSとして期待されているが、内部の詳細な構造は未知であった。
○新しい手法の小角X線異常散乱法をDDS粒子に初めて適用して、内部の精密な構造を解明。
○高性能なDDS開発の基本指針を与え、遺伝子治療や抗がん剤の応用に期待。

発表概要

 JST 課題達成型基礎研究の一環として、北九州市立大学の櫻井 和朗 教授らは、次世代の薬物運搬方法(ドラッグデリバリーシステム:DDS)として期待されている数100本のひも状高分子が凝集した高分子ミセル粒子注1)の内部構造を、大型放射光施設SPring-8注2)の安定したX線計測システムと、小角X線異常散乱注3)という技法を用いて精密に解析し、粒子内部に薬剤がどのように保持されているかを世界で初めて明らかにしました。
 DDSは、薬剤をナノサイズのキャリア注4)(運び屋)に封入し、患部で選択的に薬剤を放出させる仕組みで、①副作用が大幅に低減できる、②水に溶けなかったり、生体中で容易に分解してしまうために従来は投与できない薬剤を投与できる、などの利点があります。薬剤の封入状態を知ることは性能向上のために重要ですが、DDS粒子の大きさは数ナノメートル(nm:ナノは10億分の1m)であるため、これまで内部構造を見ることができませんでした。
 今回、研究チームは、東京大学の雨宮 慶幸 教授のグループが開発したX線小角異常散乱という新しい技法を、東京慈恵会医科大学の横山 昌幸 准教授らが臨床応用を進めている高分子ミセルに適用しました。小角X線異常散乱の測定精度の向上にはX線強度の1%以下の差を厳密に決定する必要があるため、JASRIの八木 直人 副部門長らは、SPring-8で得られる極めて安定・高強度のX線を用い、特別な装置を考案してノイズを低減することで、世界最高精度の測定を可能としました。さらに、櫻井 和朗 教授らのナノ界面の解析技術を使うことで、高分子ミセル内部の構造と薬剤の保持状態を可視化することに初めて成功しました。その結果、ミセル内部に閉じ込められていると思われていた薬剤が内核と外殻の界面にも薄い層を形成して、外にはみ出していることが分かりました。このような知見は薬剤の放出挙動のメカニズムと深く関係していると考えられます。つまり、高分子ミセルが薬剤を取り込む時にこのような層を形成しているならば、ミセルと細胞の接触時に層と細胞との間で薬剤のやり取りが可能であると考えられます。
 本研究成果により、より高性能なDDSを開発するための基礎的な知見が得られ、遺伝子治療や抗がん剤の副作用の低減や高効率化につながると期待できます。本研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版で近日中に公開されます。

 

 

 

用語解説

注1)高分子ミセル粒子
親水性と疎水性からなる、ブロック共重合体の自己会合により形成され、内核-外殻構造を持つナノ粒子。抗がん剤であるアドリアマイシン封入高分子ミセルの開発例などがあるが、錠剤、顆粒剤、微粒子製剤の膨大な薬剤学的知識・ノウハウと比較にならない程、高分子ミセル製剤についてはその蓄積が少ない。その意味で、今後、本研究のような、製剤学的な研究が加えられることで、高分子ミセルの実用化が大幅に進むと考えられる。

注2)大型放射光施設SPring-8
SPring-8は、世界最高性能の放射光(赤外線や紫外線、X線などを含んだ光)を利用することができる大型の実験施設であり、国内外の研究者に広く開かれた共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの分野で優れた研究成果をあげている。

注3)小角X線異常散乱(ASAXS:Anomalous small angle X-ray scattering)
ナノ構造の情報を得ることのできる小角X線散乱法(SAXS)は、ナノテクノロジーの強力な分析方法の1つとして広く使われている。小角X線散乱法では入射するX線の波長は一定であるが、小角X線異常散乱では異なる波長のX線を用いることで、特定の元素についての情報を得る。

注4)キャリア
DDSにおいて薬剤を取り込み、体内で標的部位に送達するために用いられる素材である。送達する薬剤、対象となる標的部位、求める薬効時間によってさまざまなキャリアが検討されており、その設計次第で任意の性能を持たせることができ、幅広い応用が可能である。高分子ミセルはキャリアの素材の一種である。