ニュース

細胞を丸ごと一個3Dに

発表者

河野 重行(東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 教授)
大田 修平(東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 特任助教(JST-CREST))

発表のポイント

◆どのような成果を出したのか:
電子顕微鏡観察と3D画像再構築の技術を駆使して、単細胞藻類ヘマトコッカス藻が抗酸化物質アスタキサンチンとオイルを細胞内に蓄積する仕組みを明らかにしました。
◆新規性(何が新しいのか):
ひとつの細胞を1枚80 nmの連続した350枚もの超薄切片に切り分け、1枚1枚を電子顕微鏡観察し、その高解像度を保持したまま3D画像に再構築することに成功しました。
◆社会的意義/将来の展望:
アスタキサンチンやオイルに限らず藻類が生産する有用物質の細胞内分布や蓄積の仕組みを本技術で明らかにすることで、藻類バイオテクノロジーの大きな発展が期待されます。

発表概要

 藻類にはオイル・デンプンなどのバイオ燃料や有用物質を生産する種が知られています。ヘマトコッカス藻は淡水産の単細胞性緑藻の一種で、アスタキサンチンと呼ばれる強い抗酸化作用のある物質を生産します。アスタキサンチンは医薬品・健康食品・化粧品や色揚げ用飼料の成分として知られています。東京大学大学院新領域創成科学研究科の河野重行教授らの研究グループは、電子顕微鏡による超薄連続切片技術と3D画像再構築技術とを組み合わせて、ヘマトコッカス藻がストレス条件下でアスタキサンチンやそれを含むオイルを蓄積していく仕組みを明らかにしました。これは、ひとつの細胞を1枚80 nmの連続した350枚もの超薄切片に切り分け、1枚1枚を電子顕微鏡観察し、その高解像度を保持したまま3D画像に再構築することで可能となりました。その結果、アスタキサンチンを含むオイルの蓄積の仕組みに関する多くの知見が得られると同時に、オイルの体積が細胞の体積の52%をも占めることが初めてわかりました(図3右参照)。このオイル量から、バイオ燃料への利用も期待されます。この技術は、藻類が生産する有用物質の細胞内分布や蓄積の仕組みを明らかにすることで、藻類バイオテクノロジーの発展に大きく貢献することが期待されます。

発表内容

 バイオ燃料は生物資源由来のエタノールやディーゼル燃料などを指し、カーボンニュートラルな再生可能資源であることから、将来の有望なエネルギー源として期待されています。とりわけ藻類は、穀物など食料作物との競合がなく、また、オイル以外にも付加価値の高い有用物質を生産する点で注目されており、近年、バイオマス利用のための研究が盛んです。
 ヘマトコッカス藻は、ボルボックスの仲間の単細胞性緑藻類で、強光などのストレス条件下でアスタキサンチン注1)と呼ばれる抗酸化物質を蓄積することが知られています(図1)。アスタキサンチンはβ-カロテンなどと同じくカロテノイドの一種ですが、β-カロテンの5倍、ビタミンEの110倍、ビタミンCの6,000倍以上という非常に強い抗酸化活性があるとされており、医薬品、健康食品、化粧品などへの商業利用が進んでいます。また、サケやマスなどの養殖魚や鶏卵の色揚げにもなくてはならないものになっています。
 東京大学大学院新領域創成科学研究科の河野重行教授らの研究グループは、ヘマトコッカス藻の栄養細胞注2)がストレス条件下でアスタキサンチンを蓄積しシスト注3)に変化する過程を、アスタキサンチンやそれを含むオイルの増減、オルガネラ注4)の動態に注目して解析しました。通常、細胞内部の微細構造観察には、解像度の高い透過型電子顕微鏡が用いられます。しかしそれには試料を100 nm以下の非常に薄い切片にする必要があり、三次元情報はわずかしか得られません。また、電子線トモグラフィー法注5)で取得できる三次元情報は通常厚み200 nm以下であり、小さなものでも約5 µm(5,000 nm)の直径がある単細胞藻類の細胞を丸ごと観察することはできません。そこで河野教授らは、研究グループの正確無比な連続超薄切片技術(図2)とラットクシステムエンジリニアリング社の3D画像再構築技術をうまく融合させることにより、直径約30 µmもあるヘマトコッカス藻の細胞丸ごと一個の立体化画像を取得することに成功しました。
 その結果、強光下のシスト化過程でヘマトコッカス藻の細胞内構造が劇的に変化することが明らかになりました。例えば、アスタキサンチンを含むオイルの体積は0.2%から約52%まで増加し、一方、細胞体積の約42%を占めていた葉緑体は9.7%にまで減少しました(図3)。このように正確な体積計算が3D画像を用いることで初めて可能になり、アスタキサンチンを含むオイル蓄積の仕組みに関する多くの知見が得られました。この技術は今後、藻類が生産するオイルや有用物質の細胞内蓄積量の推定に不可欠となるでしょう。なお、細胞全体の体積の52%にもなるオイルは、今後、バイオ燃料としても期待されます注6)
 この研究は、科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業(CREST)「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」の助成を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名: PLoS ONE(米国の学術雑誌、プロスワン)
論文タイトル:Three-dimensional ultrastructural study of oil and astaxanthin accumulation during encystment in the green alga Haematococcus pluvialis
著者:Marina Wayama, Shuhei Ota, Hazuki Matsuura, Nobuhito Nango, Aiko Hirata and Shigeyuki Kawano
DOI番号:10.1371/journal.pone.0053618
URL:http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0053618

問い合わせ先

<取材について>
東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 教授 河野重行 
TEL: 04-7136-3673 FAX: 04-7136-3674  e-mail: kawano@k.u-tokyo.ac.jp
<リリース文・研究内容について>
東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 特任助教 大田修平 
TEL: 04-7136-3679 e-mail: ota_shuhei@ib.k.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1)アスタキサンチン:カロテノイドの一種。強い抗酸化活性をもつ赤色の色素。
注2)栄養細胞:活発に代謝を行い増殖している細胞。
注3)シスト:環境ストレスに耐性のある休眠状態の細胞。ストレス条件下で栄養細胞が変化して生じる。
注4)オルガネラ(細胞小器官):細胞の内部に存在し、特定の機能を担っている構造体。核、ミトコンドリア、葉緑体、ゴルジ体など。
注5)電子線トモグラフィー:透過型の電子顕微鏡観察にコンピュータトモグラフィー法を応用し、試料の内部をナノメートルスケールで三次元立体化する技術。
注6)河野重行 (2011) バイオ燃料、東京大学広報誌「淡青」、25号、49ページ、参照、東京大学広報誌「淡青」のPDFは東京大学のホームページで手に入ります。
http://www.u-tokyo.ac.jp/gen03/tansei_j.html

添付資料

図1 ヘマトコッカス藻Haematococcus pluvialisの細胞のアスタキサンチン蓄積 
この藻は緑藻の一種で通常は緑色ですが(左)、強光ストレス下で培養すると赤色のアスタキサンチンを蓄積して真っ赤なシストになります(右)。

図2 連続超薄切片 
1つの細胞を1枚80 nmの連続した350枚もの超薄切片に切り分け、それらを1枚1枚電子顕微鏡で観察した画像を並べました。これをコンピューターに取り込み、ラットクシステムエンジリニアリング社との共同研究で3D画像に再構築しました。

図3 ヘマトコッカス藻の緑色の栄養細胞と赤色のシストの電子顕微鏡3D再構築画像 
図2の画像を元に、3Dイメージを再構築しました。赤色で示すのがアスタキサンチンを含むオイルです。同じヘマトコッカス藻を昼と夜のある明暗条件(左)と昼夜連続照射の強光ストレス条件(右)で培養しただけでこれだけ細胞が変化します。