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植物の"くちびる"の動きを見る ~気孔開閉時における細胞内の構造分布変化を世界で初めて網羅的に解明~

投稿日:2012/05/11
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発表者

桧垣 匠(東京大学大学院新領域科学研究科先端生命科学専攻 特任助教)

発表のポイント

◆植物の気孔を開け閉めする“くちびる”型細胞(孔辺細胞)内部の構造変化を、その可視化と高解像度三次元顕微鏡画像のデータベース化により、はじめて明らかにしました。
◆とりわけタンパク質合成を行う小胞体は、気孔の開閉に伴い細胞内の分布が大きく変化しました。
◆植物の気孔開閉機構の解明への大きな一歩となり、二酸化炭素の資源化に役立つことが期待されます。

発表概要

 植物の気孔は、大気中の二酸化炭素を取り入れるために開け閉めされる重要な器官です。
気孔の開閉は、気孔を囲む“くちびる”型(注1)の細胞「孔辺細胞」図1)が可逆的に変形することによりおこりますが、その詳細な機構は不明です。東京大学大学院新領域創成科学研究科の桧垣匠特任助教らは、孔辺細胞の変形時における細胞内部の各種細胞内構造(注2)の高解像度三次元顕微鏡画像を多数取得し、これを画像データベースLIPS として公開しました(http://hasezawa.ib.k.u-tokyo.ac.jp/lips/)。さらに、その顕微鏡画像群から各種細胞内構造の細胞空間における確率分布を可視化する画像解析手法を開発し、気孔開閉時における細胞内構造の分布変化をはじめて網羅的に明らかにしました(図1)。本研究成果は、植物の気孔開閉機構の全貌解明に向けての大きな前進であり、植物を利用した二酸化炭素の資源化への寄与が期待されます。

発表内容

1.研究の背景・先行研究における問題点
 植物の気孔は、葉や茎の表面に存在し、光合成や蒸散などの生理機能のためのガス交換を一手に担うバルブとしてはたらいています。気孔の開閉は日周期など周囲の環境変化によって厳密に制御されています。気孔が開くと光合成の基質である二酸化炭素が拡散によって大気中から植物体内へ取り込まれ、閉じるとその流入は遮断されます。また、気孔が開くと水蒸気分圧の高い植物体内から気孔を通って水蒸気が蒸散し、昼に日光にさらされる葉や茎の温度を気化熱により低下させるとともに、根における水分吸収を助けると考えられています。逆に光が弱まる夜には、気孔が閉じることによって水分の消失を防いでいます。このように植物が生きていくために必要不可欠な気孔の開閉は、気孔を囲む“くちびる”型(注1)(図1左上)をした一対の特殊な細胞(孔辺細胞)の大きさが可逆的に変化することで実現しています。孔辺細胞の細胞壁の厚さは均一ではなく、気孔の穴に面した側(孔辺細胞腹側)が厚くなっているために、孔辺細胞が膨張すると気孔の穴とは反対側(孔辺細胞背側)が主に伸びて弓型に変形することで気孔が開きます。逆に、孔辺細胞が収縮すると気孔は閉じます。孔辺細胞における細胞壁構造の非対称性は、細胞内構造(注2)の分布や動態に起因すると考えられます。先行研究によって、細胞骨格系である微小管やアクチン繊維(注3)が気孔開閉に応じて分布を変化させることや、細胞骨格系の動態が気孔開閉に必要であることなどが示されていましたが、種々の細胞内構造を網羅的に解析した例はなく、気孔開閉における細胞内動態の全貌解明が望まれていました。加えて、顕微鏡画像によって捉えられる細胞内構造の分布は、専門家の目視に基づいて主観的に評価される場合も多く、細胞内構造の分布を客観的かつ定量的に評価できる手法の開発が必要と考えられました。
2.研究内容
 桧垣匠特任助教らは気孔開閉に伴う各種細胞内構造の動態を網羅的に調べるために、植物の代表的な細胞内構造18 種をそれぞれ蛍光タンパク質で標識した形質転換シロイヌナズナを使って、日周期に伴う気孔開閉過程における孔辺細胞の高解像度三次元顕微鏡画像を多数取得しました。得られた2 万8 千枚以上の顕微鏡画像は、画像データベースLive Image of Plant Stomata(LIPS)としてウェブ上で公開しています(http://hasezawa.ib.k.u-tokyo.ac.jp/lips/)。さらに、LIPS データベース上の画像を用いて、孔辺細胞における各種細胞内構造の平均的な分布(確率分布)を可視化する画像解析法を独自に開発し(図1)、分布の類似度を定量評価しました(図2)。その結果、気孔が開くときに小胞体(注4)が孔辺細胞腹側から背側に移動するなどの新知見が得られました(図3)。この小胞体の移動は、多数の顕微鏡画像による統計的な解析結果だけでなく、葉組織に対する白色光照射や、表皮細胞に対するレーザーアブレ
ーション(注5)による気孔開口過程の経時観察によっても確認されました。これらの結果から、気孔開口時には、細胞膜成分が急激に必要となる孔辺細胞背側付近に小胞体が集積して膜成分の供給を助けている可能性が示唆されました。
3.社会的意義・今後の予定
 二酸化炭素を体内にとりこみ炭素化合物へ変換する植物の能力は、近年濃度上昇を続ける大気中二酸化炭素の資源化に活用できる可能性があります。気孔は二酸化炭素が植物体内に取り込まれる時に最初に通る門です。本研究で得られた知見は、細胞内構造が気孔開閉にどのように寄与しているかを知るための重要な手掛かりであり、気孔開閉の仕組みを解明する大きな一歩と言えます。さらに、本研究を進めるにあたって整備した気孔の顕微鏡画像データベースや画像解析プログラムは世界中の研究者に活用され、今後の研究発展に役立つと思われます。
 なお、本研究は東京大学大学院新領域創成科学研究科が中心となり、奈良先端科学技術大学院大学、東京大学大学院理学系研究科らと行った共同研究で、JST 研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)要素技術タイプの開発課題 「生物画像のオーダーメイド分類ソフトウェアの開発」、文部科学省の科学研究費補助金(特定領域研究: 23012009、新学術領域研究: 22114505、若手研究(B): 24770038、研究活動スタート支援: 22870004)の補助を受け行われたものです。

発表雑誌

雑誌名:Scientific Reports
(オンライン公開:2012 年5 月11 日)
論文タイトル:Statistical organelle dissection of Arabidopsis guard cells using image database LIPS
著者:
桧垣匠(東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 特任助教)
朽名 夏麿(東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 助教)
細川 陽一郎(奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研究科 環境フォトニクススーパー
研究グループ 特任准教授)
秋田 佳恵(東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 博士課程2年)
海老根 一生(国立感染症研究所 流動研究員、当時: 東京大学大学院理学系研究科 生物科学
専攻 特任研究員)
上田 貴志(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)
近藤矩朗(中央大学理工学部 生命科学科 客員教授)
馳澤盛一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 教授)

問い合わせ先

桧垣 匠(ヒガキ タクミ)特任助教
東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻
〒277-8562 千葉県柏市柏の葉5-1-5
東京大学柏キャンパス 新領域生命棟 701
Tel: 04-7136-3708 / Fax: 04-7136-3706
E-mail: higaki@k.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1)”くちびる”型
専門的には腎臓型と呼ぶ。孔辺細胞はその形状に基づいて腎臓型と亜鈴型に分けられており、双子
葉植物は腎臓型、単子葉植物では腎臓型と亜鈴型(イネ科植物など)の孔辺細胞がみられる。
(注2)細胞内構造
細胞の中で特殊化した形態と機能を持つ構造の総称。その形態に基づいて膜系(小胞体やゴルジ体
など)と繊維系(微小管やアクチン繊維など)に大別される。
(注3)細胞骨格系
特定のタンパク質が重合して形成される繊維系細胞内構造。主な細胞骨格系には微小管とアクチン
繊維がある。細胞分裂や細胞運動、膜系細胞内構造の移動や配置など多様な機能を持つ。
(注4)小胞体
一重の生体膜に囲まれた膜系細胞内構造のひとつ。細胞内構造の中で最大の表面積を持ち、表面で
はタンパク質合成が行われている。合成されたタンパク質は膜成分と共に細胞膜や他の膜系細胞内
構造へ輸送される。
(注5)レーザーアブレーション
強力なレーザー光を対象に照射させたときに対象の表面が削り取られる現象のこと。近年、生命科
学分野において、従来では困難であった単一細胞の破壊や採取などへ応用されている。

添付資料

図1:孔辺細胞における細胞内構造の確率分布の可視化。左上:明視野画像の代表例、右上: 緑色蛍
光タンパク質で標識された小胞体の蛍光画像の代表例。左下: 複数の画像から生成した小胞体の確
率分布マップ。右下: 複数の画像から生成した気孔開閉に伴う局在変化マップ。


 

図2:自己組織化マップによる各種細胞内構造の確率分布マップの類似性評価。近い箇所に位置し
た細胞内構造は類似した局在を示す。


 

図 3:気孔開閉時における確率分布マップの差分画像。赤色が気孔閉鎖時に、緑色が気孔開口時に顕著な局在を示す。