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How does a single neural circuit generate multiple behaviors?

 

 

前に行ったり、後ろに行ったり

〜 1つの神経回路が異なる動きを効率よく生み出すしくみ 〜

 

発表者

 高坂 洋史(東京大学大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻 講師)

 能瀬 聡直(東京大学大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻 教授)

 

 

発表のポイント

◆ショウジョウバエ幼虫の脳神経系において、前進運動と後進運動という逆向きの動きを制御する神経回路を発見しました。

◆前進運動専用の神経細胞と、後進運動専用の神経細胞が、共通の下流神経細胞を制御することで、回路構造をシンプルに保ったまま異なる運動を生み出す回路のしくみを初めて示しました。

◆動物の多様な動きを支える神経回路のしくみを知る大きな手がかりになると期待されます。

 

 

発表概要

 東京大学大学院新領域創成科学研究科の高坂洋史講師と能瀬聡直教授らは、ショウジョウバエ幼虫が前進運動と後進運動を示すことに注目して、神経回路を詳しく調べたところ、1つの脳神経系が異なる運動を効率よく生み出すための新しい神経回路のしくみを発見しました。

 動物はこの地球上で生き抜くために、いろいろな動きができます。例えば、私たちヒトは、2本の足で歩きますが、前に向かって歩くだけではなく、後ろ歩きもできますし、歩く速さを自在に変えることもできます。このような動物の動きをコントロールしているのが、脳神経系です。1つの動きをするために、脳神経系は、体中にあるたくさんの筋肉それぞれに対して、収縮するタイミングや強さの指令を出します。1つの動きを生み出すだけでも複雑な神経回路が必要になりますが、異なる動きのそれぞれに応じて専用の神経回路を用意すると、脳神経系は大変複雑なものになってしまいます。

 本研究では、幼虫の脳神経系を詳しく調べ、前進運動と後進運動をコントロールしている神経細胞をそれぞれ発見しました。これらの細胞の働きを調べると、共通の神経細胞群を介して筋肉の収縮をコントロールしていることが分かりました。このことから、異なる運動を生み出すために、専用の神経回路のみがあるわけではなく、異なる運動の間で、使う神経細胞をシェアすることで、効率の良い回路構造になっていることが分かりました。この発見により、動物の多彩な動きが、単一の脳神経系によってどのように生み出されるのか、そのしくみの解明に迫ることができると期待されます。

 

発表内容

① 研究の背景

 ヒトを含む多くの動物は、筋肉を巧みに操ることで動くことができます。この体の動き方を決めているのが、脳神経系です。1つの動きをするために、脳神経系は、体中にあるたくさんの筋肉それぞれに対して、収縮するタイミングや強さの指令を出します。1つの動きを生み出すだけでも複雑な神経回路が必要になりますが、異なる動きにそれぞれに応じて専用の神経回路を用意すると、脳神経系は大変複雑なものになってしまいます。脳神経系がどのようにして この問題を解決しているのかは、ほとんど分かっていませんでした。

 ショウジョウバエ幼虫(以下、幼虫)はぜん動運動という動きで、前に行ったり後ろに行ったりします(図1)。前に行くときは、幼虫の体の後方の体節から、前方の体節へと順々に筋肉が収縮し、後ろに行くときは、反対に前方の体節から後方の体節へと順に収縮していきます。前進運動と後進運動では、各体節が収縮する順番が異なりますが、一方で各体節の中では、運動方向に関わらず同じ順番で筋肉細胞が収縮します。すなわち、各体節には体節を短くする「横長の筋肉」と体節を長くする「縦長の筋肉」の2つの筋肉群がありますが、いつも「横長の筋肉」、「縦長の筋肉」の順番で収縮します。これにより、筋収縮と弛緩の波が体節間を協調して伝わることを可能としています(図2)。このようにただ虫が這って(はって)動くだけでも、個々の筋肉細胞、個々の体節の動きは精巧にコントロールされています。しかし、これを実現している神経回路のしくみはほとんど分かっていませんでした。

 

② 研究内容

 高坂講師らは、異なる運動を制御する神経回路機構を明らかにするために、まず特定の運動をするときにだけ活動する神経細胞を探しました。すなわち、幼虫の前進運動と後進運動に注目して、前進運動のときにのみ、または、後進運動のときにのみ活動する神経細胞を探しました。ここで、研究チームは、これまでに同チームが見つけていた運動の速さを制御するPMSI神経細胞(プレスリリース、2014/10/17、「動物の動く速さをコントロールする。-動物の運動速度を支える神経回路の解明-」参照)に着目しました。PMSI神経細胞は、運動神経細胞(注1)を直接制御する神経細胞ですが、前進運動と後進運動の両方で活動します。このことから、前進運動や後進運動を制御する専用回路がPMSI神経細胞の上流にあるはずだと考えました。

 そこで、コネクトミクス(注2)という手法を用いて、PMSI神経細胞の上流の神経細胞を網羅的に調べ、特定の運動でのみ活動する神経細胞を探しました。その結果、Ifb-FwdとIfb-Bwdと名付けた2つの細胞を見つけました。遺伝子工学や光遺伝学を使った解析からIfb-Fwd神経細胞とIfb-Bwd神経細胞の興味深い特徴が明らかになりました。Ifb-Fwd神経細胞は、前進運動のときは活動しますが、後進運動のときは活動しません。

 一方、Ifb-Bwd神経細胞はこれとは反対に、後進運動のときは活動しますが、前進運動のときは活動しません。このことから、Ifb-Fwdは前進運動専用で、Ifb-Bwdは後進運動専用の神経細胞であることが分かりました。上で述べたように、前進運動と後進運動では、体節が収縮する順番は反対ですが、体節の中で横長と縦長の2つの筋肉群が収縮する順番は前進運動と後進運動では同じです。

 そこで、この筋肉収縮パターンがどのように実現しているかを調べるために、コネクトミクスを用いて今度は、Ifb-FwdとIfb-Bwdの回路下流の細胞を探索しました。すると、前述のPMSI神経細胞以外にも複数の神経細胞が、Ifb-FwdとIfb-Bwdの両方から神経支配されていることが分かりました。そしてこれらのシェアされている神経細胞グループの機能を調べたところ、このグループの細胞は、縦長の筋肉細胞の収縮か、横長の筋肉細胞の弛緩(共に体節を長くする方向に作用する)のどちらかに関わっていることが分かりました。

 以上のことから、幼虫の前進運動と後進運動という2つの異なる運動に関して以下のような神経回路が関わっていることが分かりました。

 

1. 前進運動専用の神経細胞 Ifb-Fwdと後進運動専用の神経細胞 Ifb-Bwdがある。

2. Ifb-Fwd の下流と、Ifb-Bwdの下流には同じ神経細胞があることから、異なる運動を生み出すときに、それぞれの運動の専用回路は、下流の細胞をシェアして使っている。

3. シェアされた神経細胞は、協調して体節を長くするように働く。

 

 このように、異なる運動パターンを生み出す神経細胞が、共通の筋肉収縮パターンを生み出す神経回路をシェアすることで、より少ない細胞数で多様な運動パターンを生み出す、という巧妙な神経回路の構造が明らかになりました。

 

③ 研究の意義

 個々の動物は、1つの脳神経系しか持っていませんが、多様な動きをすることが可能です。恐らく進化の過程で、既にある神経回路をうまく使い回すことで、新しい運動パターンを獲得していったものと考えられます。今回得られた結果は、まさに異なる運動パターンに関わる神経細胞が、共通の神経細胞をシェアして使っていることを示していて、1つの脳神経系が複数の運動を生み出すための1つの戦略を明らかにしたものと考えられます。これらの結果は、動物の精妙な運動を司る神経回路が、どのようなしくみで動作し、またどのような過程で進化し、形成されてきたのかについて、手がかりを与えてくれると考えられます。今後は、神経回路全体の解析を進めることによって、動物が動くというありふれたことが、いかに巧妙に制御されたものであるのかを明らかにしていきたいと思います。

 

発表雑誌

雑誌名:「Nature Communications」(6月14日 オンライン版)

論文タイトル:Regulation of forward and backward locomotion through intersegmental feedback circuits in Drosophila larvae

著者:Hiroshi Kohsaka*, Maarten F. Zwart, Akira Fushiki, Richard D. Fetter, James W. Truman, Albert Cardona and Akinao Nose*

DOI番号:10.1038/s41467-019-10695-y

 

 

用語解説

(注1)運動神経細胞

 筋肉細胞にシナプス接続して、収縮を直接制御する神経細胞。

 

(注2)コネクトミクス

 神経回路のネットワークを網羅的に解析する研究方法。神経細胞はとても小さいので、細胞と細胞がシナプスという構造を介してつながっているかどうかを光を使った顕微鏡で観察することはほとんどの場合できない。しかし電子を加速した電子線のビームを使うと、より細かい構造を撮影することができるので、細胞と細胞がシナプスを介してつながっているかを調べることができる。コネクトミクスの1つの方法では、この電子顕微鏡を使い、神経組織全体の配線や接続パターンを電子顕微鏡像を元に解析する。この研究では、ショウジョウバエ幼虫の脳神経系の丸ごと1つを50ナノメートル(1mmの2万分の1)の厚さで切っていって、全部で数千枚のスライスを作り、これを全て電子顕微鏡で撮影したデータを使った(米国ジャネリア研究所との共同研究)。この大量の画像には、脳神経系内にある膨大な数の神経細胞、およびその間のシナプスが写っており、この中から、運動を制御する細胞を探索した。

 

 

添付資料

 

 

 図1. ショウジョウバエ幼虫の動き。前進運動と後進運動をして移動する。

 

 

 

 

 

図2. ショウジョウバエ幼虫が動くときの筋肉細胞の収縮の様子。上:幼虫の脳神経系と筋肉細胞。下:前進運動と後進運動のときの筋肉細胞の収縮の様子。隣り合う2つの体節を示した。前進運動と後進運動とで、収縮する体節の順番は逆になる。一方、各体節で、「横長の筋肉群(体節を短くする)」が先に縮み、次に「縦長の筋肉群(体節を長くする)」が縮むという順番は前進と後進で同じである。矢印は時間の流れを示す。収縮している筋肉細胞を黒塗りで表す。

 

 

 

 図3. この研究で発見した神経回路。前進運動専用のIfb-Fwd神経細胞と、後進運動専用のIfb-Bwd神経細胞が、下流で7つの神経細胞をシェアしている。この7つの細胞はどれも体節を長くするように作用する。異なる運動を生み出す神経細胞が、下流で神経細胞をシェアすることによって、効率の良い回路構成になっている。